日本の鉄道業界を昔と比較すると、大きく変わったことのひとつに車内での供食サービスがある。その昔には「急行列車といえば食堂車付き」といわれた時代もあったものだが、それはもはや歴史の彼方。現在では、車内販売以外の供食手段がある列車は数えるぐらいしかない。

短時間で効率よく

そのような状況になった理由はいろいろ挙げられているが、大きいのは「スピードアップによって営業可能な時間が減った」ことと、「コンビニを初めとする、食事の調達手段の多様化」ではないだろうか。それらを含めたさまざまな事情が採算性の悪化につながり、車内供食サービスのシンプル化を招いている。

国鉄/JRの長距離列車はいうに及ばず、かつては小田急ロマンスカーや東武特急のように、飲み物や軽食のシートサービスを行っていた事例があった。車内販売でもシートサービスでも「自席で食べられること」に変わりはないが、註文した後で品物を用意して出来たてを持ってきてくれる方が、非日常的な盛り上がりはある。

しかし、その東武も小田急も、現在ではだいぶ「戦線縮小」してしまい、カウンターでの対面販売と車内販売が主体になった。小田急でシートサービスを行っているのは50000形VSE車ぐらいという昨今である。これは、ロマンスカーの利用がカジュアル化して「非日常性」を求められなくなった、ということの現れかもしれない。

そうした中で、寝台特急「カシオペア」では、カシオペアスイートとカシオペアデラックスに限り、和食の「懐石御膳」のルームサービスが可能になっている。スイートを利用したときにはモーニングコーヒーのルームサービスもあり、しかも時間の指定までできたのにはビックリした。「カシオペア」は「トワイライトエスプレス」ともども非日常性の象徴みたいな列車だから、こういうサービスは大事にしたいものである。

それはそれとして。

調達手段の多様化はともかく、スピードアップで営業可能時間が短かくなる中で売上を確保しようとすれば、効率化が求められる。註文を受けてから商品を出すまでのリードタイムを短くすれば、それだけ多くの註文を消化できる理屈である。それに、待ち時間が減れば利用者の満足度も向上する。

といった考え方によるものなのか、小田急は10000形HiSE車を導入した際に、オーダーエントリーシステムを取り入れた。つまり、註文を受けて喫茶カウンターまで販売員が戻ってからオーダーを通すのではなく、販売員が携行するハンディターミナルから、個々の車両に設置した端末機を通じて、先にオーダーを通しておく。すると、カウンターに戻ったときには商品の用意ができていて、すぐに届けられるという仕組みである。

これでどれぐらいメリットがあったのか、興味があるところだ。もっとも、そのHiSE車もすでに引退してしまい、歴史の彼方に行ってしまったが。

現役時代の小田急10000形HiSE車。オーダーエントリーシステムが特徴のひとつであった

車販のキャッシュレス化

効率化という観点からすると、JR東日本の車内販売で支払にSuicaを利用できるようになった件も取り上げておきたい。現金のやりとりがなく、ハンディターミナルでSuicaを読み取るだけで済むというだけでも効率的だが、釣り銭の準備や管理を行う手間も省ける。

もっとも、現時点ではすべての利用者がSuicaを利用しているわけではないから「完全キャッシュレス化」とは行かないが、Suicaを利用する人が増えれば、その分だけ効率化につながりそうである。

ただ、駅の自動改札機などと違い、走る列車の中ではハンディターミナルが常時オンラインというわけではないだろうから、Suicaを読み取るところまではいいとして、その情報をセンターとやりとりする作業をどう処理しているのかが気になる。車内販売に限らず、駅構内の販売店でもPOSレジではなくハンディターミナルを使っているところがあるから、そちらと同じ仕組みなのだろうか。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。