前回は、「紙の台帳」から「マルス」への進化について、ざっくりとかいつまんで取り上げた。

JRグループのマルス、あるいは他社の同種システムは「オンライン化」しているから(これ自体が当節では当たり前になりすぎたので、死語である)、指定席の情報を管理するコンピュータに対して、各地の駅に設置した端末機でアクセスして指定席の申し込みを行う仕組みになっている。

では、その端末機はどういう進化を遂げてきたのだろうか、というのが今回のお題である。

パタパタからタッチパネルに

マルスが最初に登場したのは1960年代の話だから、当時のコンピュータ関連技術で実現可能な方法を用いて端末機を構築する必要がある。では、マルスのようなシステムで端末機が取り扱わなければならない情報には、どんな情報があるだろうか。指定席券の券面を見れば分かることだが、以下のような情報が必要であろう。

  • 乗車日
  • 列車名
  • 乗車区間(乗車駅と降車駅)
  • 設備の種類
  • 号車、席番
  • 料金

号車・席番・料金はマルスのホストコンピュータが情報を持っておいて、それを発券の際に印字すればよいが、その他の情報は端末機から入力しなければならない。では、どうやって?

ということで最初に使用したのが、押しボタンである。単純に考えれば、列車や駅名に対応する押しボタンを用意しておけばよいのだが、数が増えればたちまち破綻するし、新しい列車を設定する度に端末機を作り替えるわけにも行かない。そこで、こういった可変要素は端末機の本体に作りつけにせず、独立させる必要がある。

そこで、ちょっと年配の方なら御存じであろう「パタパタ」と「棒」の出番となる。「パタパタ」といっても発車標のことではなくて、金属製のページである。ルーズリーフ式に金属製のページを複数取り付けてあり、それをパタパタとめくることで目的の列車に関する情報を指定する。そして、日付や区間は、金属板に開けられた「穴」の中から、該当する部分に棒を突っ込んで指定する。これがいわゆる「N型端末機」である。

ちなみに、この「パタパタ」と「棒」を使うタイプのマルス端末機は、大阪の交通科学博物館に展示されているのを見たことがある。

ただ、押しボタンよりマシとはいえ、ハードウェアで作り込んだ部分が残ることに変わりはないので、やはりこれとて限界はある。しかも、国鉄~JRの指定席だけでなく、高速バスや宿泊施設など、扱う商品が多様化したため、それに対応する必要もあった。そうなると「バタバタ」と「棒」の組み合わせでは対応は困難である。

また、自動改札機の利用が一般化したため、所要の情報を券面に印字するだけでなく、それをエンコードして裏面に磁気の形で記録する必要も生じた。だから、昔の指定席券は裏面が白かったが、今の指定席券は磁気券になっているので茶色、あるいは黒である。こういった事情も端末機の更新につながる。

そこでさまざまな改良を経て、現代のタッチパネル式端末機に発展してきた。前述した情報を順番にタッチスクリーンで指定するだけでなく、車両ごとの空席状況を画面に表示することもできるので、号車や席番を指定して「指名買い」できる。もしも取り扱う商品に追加や変更があれば、ソフトウェアやデータの修正だけで対応できるので、端末機を入れ換える必要はない。

また、指定席券売機(いわゆるMV端末機)のように、乗客が自ら操作できるようなタイプの端末機が登場したのも、情報通信技術の発達がもたらしたメリットだ。「パタパタ」と「棒」の組み合わせを乗客に操作させるのはまったく実用的ではないが、コンピュータの画面をタッチスクリーンで順番に操作するタイプなら、なんとかなる。

ちなみに、指定席券売機を使ったことがない、あるいは御存知ないという方は、JR東日本のWebサイトにある「指定席券売機ご利用案内」を試してみていただきたい。

マルス端末機だけが指定席発券手段ではない

そして、マイナビニュースを御覧になるような方なら説明の必要はないと思うが、指定席を発券する際のチャンネルは、駅に設けた「みどりの窓口」だけではない。駅の旅行商品販売拠点や、JTBをはじめとする旅行代理店にも端末機を設置してオンライン化することで、そちらでも「みどりの窓口」と同様に、対等の条件で指定席券の発券を行える。

最近でもたまに遭遇するのだが、旅行代理店で発券を依頼した際に、「通信料」を別途請求されることがある。オンライン化されておらず、電話などの手段で鉄道会社などに連絡を取ってから発券する必要が生じた場合に課金されるものだ。昔は、地方の旅行代理店で、たとえば小田急ロマンスカーの指定席券を発券してもらおうとすると、この通信料を取られたものである。これはオンライン化によって解消できる。

このほか、「えきねっと」に代表されるような、インターネットを通じた予約・発券システム、さらには「EX-IC」「モバイルSuica特急券」に代表されるようなチケットレスサービスといったものも、システムの向こう側ではマルスと連接して動作している。しかも、通常なら乗車日の1ヶ月前に発売開始となる指定席券について、「えきねっと」のように「1ヶ月と7日前」から事前予約を受け付ける、なんていう仕組みまで加わっている。

つまり、マルスを中核とするオンライン化は、国鉄~JRの枠内と旅行代理店という昔ながらのチャンネルにとどまらず、インターネットとの連接によって驚異的な広がりを見せているわけである。高い信頼性と熟成度を備えたシステムでなければ、そんなことは危なっかしくて実現できない。

しかも、システムの信頼性が桁違いに上がっている。昔は「みどりの窓口」の営業時間中に「コンピュータの調整を行います」といって販売を一時中断していたものだが、今ではそんなことはやらない。

また、昔と比べると指定席券の重複発売事故というものをあまり聞かなくなった。これは鉄道に限らず飛行機でも同じだろう。

実は、前回にも言及したように、重複発売が発生する原因のひとつにキャンセルの処理がある。昔であれば、キャンセルが発生したときに空席に戻す作業を手入力で行っていたが、自動改札機に対応した磁気券を発券する現代のマルスでは、キャンセルになった指定席券の磁気券を読み取らせれば確実な情報入力が可能になる。こういったところでも、情報通信技術の進化による恩恵があるわけだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。