はじめに

前回までは、新人エンジニアへの人材育成に焦点を当ててきました。今回は、若手エンジニアとミドルマネジメント職の育成を行う倉重さんに、実際にどのようにして人材育成を行っているのかについて取材しました。

日立アドバンストデジタル(以下、日立AD)に入社して23年になります。入社してしばらくの間、日立製作所の家電研究所(現コンシューマエレクトロニクス研究所)にて研究開発業務を経験させてもらいました。その後、日立ADに戻り、現在は車載や医療分野の映像制御装置のシステム構築やファームウェア開発をまとめる業務を行っています。組み込みの業務経験は15年ほどになります。
組み込みに限らず、エンジニアというものは、ものづくりに対してつねに夢を語れる存在でありたい――というのが私の信念です。エンジニアには、その夢を自分の力で実現できるという"役得"があります。そのためには自分の得意技を磨く一方で、絶えず技術領域の上下左右を意識して、守備範囲を広げることが欠かせません。
とりわけ組み込み技術では、ソフトウェアとハードウェアの技術の本質を見極めたうえで、その垣根を乗り越え、全体を見る力が必要になります。単に仕様に従ってプログラムを書くというだけでなく、システム全体がどう動くのかを見極めて、ときには仕様そのものを見直すことが必要です。このような能力を持つ設計技術者を「システム・アーキテクト」と呼び、当社でも育成に力を入れています。
今はさまざまなツールが発達していて、開発にあたっては、それらを自在に使いこなす能力も必要です。ただし、物事の仕組みや基本の部分が分かっていなければ、トラブルが発生したときに対処しきれなくなるし、斬新な新製品のアイデアも出てきません。本質の理解が重要なのです。

若手エンジニア向けに「倉重ゼミ」を主宰 - OJTの足りない部分をフォロー

人材育成という面では、組み込み技術の本質を若手に伝えることが重要だと考えています。そこで最近、自主参加制ではありますが、社内で若手向けの勉強会を始めました。「倉重ゼミ」と呼ぶ人もいるようです。この勉強会では、たとえば「テレビのNTSC信号とはどういうものか」「映像処理用LSIの中ではどういう処理が行われているのか」というような基本的なテーマを取り上げています。

このとき、ベテランが一方的に若手に教えるというのでは、あまり面白くない。入社2~3年目のエンジニアにテーマを与え、彼らみずからが講師役となってほかの人に教えるというスタイルにしています。人に10を教えるためには、その何十倍もの勉強が必要です。人に教えることを通して、自分の知識の生半可なところに気づくことができます。

そもそもこうした勉強会を始めたのは、組み込みエンジニアの立たされている現状に一種の危機感を感じたからです。技術革新のスピードがアップし、日々の仕事は忙しい。OJTだけで技術の本質的な部分を教えることは難しいといえます。本質的な部分を曖昧にしたままでは、技術の応用範囲が狭まり、新しい技術が登場したときにそれについて行けなくなる恐れがあります。そのため、勉強会ではこうしたOJTでは教えきれない部分のフォローも行っています。

また、ベテランのエンジニアといえども、時折こうして基本に立ち戻ることはたいへん重要です。私にとっても、勉強会は教え、教えられる場でもあります。

私が主催する「倉重ゼミ」以外にも、当社ではボランタリの勉強会がいくつか開催されています。会社で行う研修・教育制度とのバランスもいいのではないでしょうか。エンジニアが学べる環境が整っているといえますね。

ミドルマネジメント職への教育

私は若手のエンジニアの育成以外に、ミドルマネジメント職の育成も行っています。30~40代のいわゆる「ミドルマネジメント」の役割は、まずは仕事の受注を請けること、次に自分のチームの仕事を推進していくことです。

仕事を獲得するためには、まずはお客様を安心させなければなりません。そのためには優れたプレゼンテーション技術が求められます。チーム内の仕事を効率よく進めるために、納期など守らなければならないチェックポイントを明示すると同時に、若い人と同じ目線でコミュニケーションをとることも欠かせません。つまり、社内外の情報共有が重要です。そうしたミドルマネジメントの要諦を30代のエンジニアに伝えることも、今の私の重要なミッションのひとつです。

とはいえ、私は何から何まですべてを手取足取り教えるタイプではありません。その人の成長に合わせて、ときには課題を与えたまま、しばらく"放置"して見守ることもよくあります。「盗んで覚えよ」というわけではありませんが、結局、"コツ"というのは自分自身でつかむべきものだと思います。ただし、その人が本当に困っているときには、きちんと手を差しのべることも大事です。

私が育成を担当した米田君(次回登場)は、先ほど述べた「倉重ゼミ」でも率先して講師役を引き受けてくれました。その経験もあって、人に説明するためのコツをしっかりと身につけていると思います。

彼が彼の部下へ指導しているようすを横から聞いていると、私にはない綿密さがあり、ひとつずつ理解を確認しながら根気よく教えていく態度に感心しています。私自身が逆に教えられることもあり、こういった瞬間にミドルマネジャとしての成長を感じます。

キャリアパスの岐路 - エンジニアを貫くか、それともマネジメント職を目指すべきか

どこの会社でも、エンジニアは30代半ばを過ぎるころになると、エンジニアを貫くか、それともマネジメント職を目指すのかというキャリアパスの岐路に立たされます。できることならば現場から離れたくないというのが、多くのエンジニアの本音でしょう。しかし、マネジメント能力を身につけ、人的リソースを自在に活用できるようになると、さらに大きな仕事ができるようになることも事実です。いずれの方向に進むにしても、マネジメント能力は必要なスキルといえます。

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※ 次回(3月3日に掲載)は倉重さんから"育成された側"である米田さんが登場します。お楽しみに。

執筆:広重隆樹(編集工房タクラマン) / 編集協力:宮澤省三(エム・クルーズ)
写真:簗田郁子 / 取材協力:日立アドバンストデジタル