新素材「クラリティ」を軸に行われた、化学メーカークラレの松本章氏と、プロトラブズ社長トーマス・パン氏との対談。後編となる今回は、プロトタイピングから生み出される可能性にまで話が及んだ。

探し求めたプロトタイプ製造サービス

株式会社クラレ イソプレンカンパニー エラストマー事業部 クラリティ事業推進部 マーケティングチームリーダー 松本章氏

松本章氏(以下松本氏):「我々が開発した「クラリティ」は、とにかく綺麗で、なおかつ曲がる材料です。使ってみませんか」といくら言葉を尽くしても、たいていの場合、「そうですか」で終わってしまいます。しかし、スマホケースのように、実際にかたちあるものを渡して、堅いと思ったものが、実は曲げることができると分かった時、そこには感動が生まれるんです。感動がない限り前に進まない話は、いっぱいあります。ですから、アイデアをかたちにして見せる「プロトタイプ」は絶対必要なんです。

ところが、樹脂メーカーにおける試作品といえば、平板といって、平べったい「板」の形状をしたものが一般的です。曲がる・ねじれる・光沢・透明性といったことはこの平板を評価することで専門家は理解できますが、普通の人が見ても、ピンと来ないでしょう。


トーマス・パン氏(以下 パン氏):私も、以前は材料開発をしていたのでよく分かります。物性の良さをお客様に見せる時、複雑で、面白い形状にすればするほど、「これはあれができるねえ」と想像してもらえたり、逆に問題点を指摘してもらえました。そのように特性を明確に示せないなかで素材をプロモーションするというのは、すごく大変だろうと思います。

松本氏:こちらが思うようなプロトタイプを作って欲しい、でも我々はその成形物で商売をしたいわけじゃないから、5個10個でいい。こう思っていても、既存の射出成形屋さんは、小ロット製造お断りじゃないですか。それで悩んでいたんです。

パン氏:なるほど、そんな時、たまたま私どもから、「クラリティ」の樹脂情報についての問い合わせが舞い込んできたというわけですね。

松本氏:ええ、始めは技術的な問い合わせだと流していたんですが、なぜか「"プロトラブズ"の英文スペルはどう書くんだろう」と変なところが気に掛かって(笑)。サイトにアクセスしたら、「探し求めていたサービスが見つかった!」と驚き、すぐにお会いしに行きました。

パン氏:これだけ情熱を持ってお越しいただいたのは、素材メーカーさんではクラレさんが初めてでした。松本さんとは互いの感性が似ているからでしょうか、話が弾みましたね。

樹脂業界のインキュベーターとして

パン氏:最初にお会いした時、松本さんがおっしゃった「樹脂業界のインキュベーターになれますよ」という言葉が非常に印象的でした。

松本氏:今後は樹脂業界でも、エンドユーザーまで見渡したマーケティングが必要になってきます。そのためにはプロトタイプづくりが欠かせないわけですが、プロトラブズさんは、まさにそれを可能にするサービスを提供しているんです。

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

パン氏:そんな松本さんの思いに心動かされまして、「クラリティ」のプロトタイプ製造に当たっては、弊社にて3Dデータの準備をさせて頂きました。これは、プロトラブズとしても初めての試みです。

プロトタイプには、「クラリティ」の透明性とキラキラ感が特に表現できるレンズ状の形状を付与したり、厚さの違った立壁や適切なエンボス構造を配置したり、3種類の表面仕上げなどを施しています。射出成形としてかたちにした場合、具体的にどうなるかを、可能な限り理解してもらえるような3次元形状にしました。

松本氏:作っていただいた「応用見本」には、両社のロゴを載せて、展示会などで配布していく予定です。

パン氏:プロトラブズの通常業務である小ロット生産サービスにも、原料としての「クラリティ」をWebメニューに付加して製造対応することを決めました。この画期的な素材を世に広めていくために、お互いのプロモーションを一緒に進めていきましょう。

すべては一本の糸から

松本氏:今後は樹脂業界でも、サプライチェーンを見渡して、消費者に繋がる一本の道を切り開いていくことが求められると思います。新しい材料を世に問うときは、消費者に受け入れられていないのか、それとも、サプライチェーン上で隣に位置する成形メーカーさんが使いづらいから採用されないのか、それを掴まなければなりません。でないと、新しいモノを世に認めていただくことは難しいでしょう。

パン氏:素材メーカーと最終消費者との距離はものすごく遠いので、その間を繋げるお手伝いを、我々プロトラブズができればと思っています。それにしても、クラレさんのような大きな会社が、素材メーカーとして、他ではなかなか手を出せないところまで挑戦している「起業家精神」には、すごく感動しています。

松本氏:クラレはもともと合成繊維の会社ですから、そのおかげかな、と最近思っています。

パン氏:合繊をしてたところと、そうでない化学メーカーとは違うんですか?

松本氏:だいぶ違う気がしますね。我々は最終的には「糸屋」だと思うときがあります。たとえば、どんな新しい素材ができても、「とりあえず糸にしてみよう」と考えます(笑)。

糸を糸だけで買う人は、ほぼいませんよね。染めて、生地にして、デザインして、縫って、服ができる。ものすごく長いサプライチェーンだけど、一本の糸を作る時に、最後の服をイメージしていないと上手くいかない。その思考を備えているのが、合繊上がりの会社のDNAだと思います。

パン氏:繊維素材メーカーからエンドユーザーまでの遠距離間を、「素材」という共通点で繋ぐような開発プロセスが必然的に生まれてきた、というわけですね。ビジネスは違えど、サプライチェーン上に一貫した共通点を見いだす、というその視点は非常に重要かと思います。

松本氏:おっしゃるように、共通点があるけどちょっと違う、というのはとても刺激になります。私自身、繊維をやっている人と仕事をしていく中で分かったんですが、そこには、人類の歴史とともにあるような深みがあるんですよ。

事業の「敗戦」から生まれた社風

パン氏:70年代ごろの、「いかにコストを下げるかが勝負」という時代から、現在の「ニッチのエリアでオンリーワンで勝つ」という方向へ、なかなか舵を切り替えられないメーカーさんも多かったと思います。クラレさんは、歴史的にオンリーワンを目指すという社風があったんですか?

松本氏:結果論としてそうなったのだと思います。我々の会社は、先ほど申し上げた通り、もともと合成繊維の会社として、戦前から、今の自動車業界のように外貨を稼ぐ役割を担っていました。ところが、日本の産業の中でいち早く、価格競争力をつけた海外勢との競争にさらされて、一度「敗戦」したんです。それがちょうど70年代でした。

その「敗戦」の中で、日本の産業の中では、コモディティの恐ろしさを早く知ることができました。いつか喰われるというのは、今も社員の中で共有されています。だからこそ、積み重ねた技術に向き合って、開発オンリーワンを目指す社風が生まれたのでしょう。それが生き残るために必要ですから。

パン氏:我々は日本ではまだまだ小さい会社ですが、エンドユーザーを大事にして、オンリーワンの付加価値を提供するという発想には大いに学ばせて頂く点が多いです。クラレさんの「原料から製品まで」とは、距離感は違いますが、プロトラブズの作った試作品を元に、新製品が開発され、消費者に届くという流れは似通っていると思いますから。

ブレイクスルーには「ラブレター」が必要

松本氏:既に顕在化したニーズを追い掛けても、ブレイクスルーにはなりません。潜在的なニーズをいかに掘り当てるか、そこにビジネスチャンスがかかっています。誰も気付いてないものをかたちにして、インスパイアできるモノを提供できるところが勝つでしょう。そのためにも、プロトタイピングは欠かせないわけです。

パン氏:我々プロトラブズの役目は、試作や小ロット生産により、主に開発を支援することです。これをもっとネットで身近にして、迅速に行うことで、お客様メーカーさんより世界一の新製品が生まれてくると思っています。

松本氏:マスがトレンドを作る時代は終わって、これからは、キラっと光るマイノリティがトレンドを作る時代です。どこにいるか分からないその人たちに向かって、メッセージを投げ続けていくことが非常に大事で、素材メーカーとしては、そのメッセージがプロトタイプなんです。

パン氏:言ってみれば、プロトタイプとはラブレターであるわけですよね。ただし、無味乾燥な「のっぺらぼう」な2次元ではなく、3次元形状という面白いメッセージとして。だからロマンが必要なわけです(笑)

松本氏:非常に共感します。そのロマンを感じとっていただいた方と、末永く付き合っていきたいですね(笑)