車いすの概念を変えた、見たことのない製品が2011年12月の東京モーターショーで展示された。WHILLの若い技術者達が全力を結集して開発したその製品は瞬く間に国内のみならず、海外のメディアにも取り上げられ、引き合いはむしろ海外のほうが多い。世界が注目している製品だが、開発を開始した当初のWHILLはまだ法人組織ではなく有志の集団だった。リソースが厳しい状態だったが、その実現に利用されたのがプロトラブズの切削加工サービスFirstcutだ。

課題
- 企業の規模や歴史のバイアスなくパーツ製造を頼める企業の開拓
- QCD(品質、コスト、納期)のバランスがとれた製造プロセス
- 迅速かつ柔軟な対応でパーツを入手できるプロセス

解決
- 3D CADデータに対して算出される見積りシステムFirstQuote
- 自動化を極め、標準化されたプロセスを実現したFirstcut切削加工
- テクノロジの合理性と人の柔軟性で対応するカスタマーサポート

小規模小資本の有志の団体でもバイアスなく活用できるサービス

WHILLはスタイリッシュに車いすを変身させ、モビリティを劇的に改善する。100m先のコンビニにいくことも諦めてしまうという車いすユーザの声を、WHILLで最高開発責任者を務める内藤淳平氏を始めとする20代の若手エンジニアの集団が解決しようという活動の中から生まれた。車いすユーザには半径5kmのような距離、健常者であれば自転車を使うような距離を移動するための手段がない。WHILLとはこれまでに存在しなかったその手段を実現するためのソリューションなのだ。

そんな時に出会ったのがプロトラブズだ。自分が持っている3D CADで設計したパーツデータをプロトラブズのホームページ上からアップロードすると、その日のうちにFirstQuoteと呼ばれるインターネット上の双方向の見積り回答に、価格だけではなく加工性についての情報や材料のオプションの検討までできる情報が提示される。問題がなければ、発注のクリックボタンを押すだけである。良い意味でドライであり、妙なバイアスも入らずにシステマチックに処理される。このプロトラブズの切削加工サービス「Firstcut」でWHILLの開発は一気に前に進むことになった。

QCD (品質・コスト・納期)のバランスがスムーズな製品開発の鍵に

WHILLの開発資金は全部で600万円。そのうちの500万円はメンバーが出資した自己資金。残りの100万円は日本のクラウドファンディング「CAMPFIRE」でそのゴールに賛同したパトロン達から集めた貴重な資金だ。すでに別の活動からある程度の生産設備を持っていたWHILLのメンバーは、簡単な樹脂部品については自ら加工をすることで、品質、コスト、それに時間をコントロールすることができた。しかし、大きいものや精度が必要なアルミの部品は外注するしかなかった。

内藤氏は、「Firstcutでは、このQCDのバランスが良くとれていると思います」と語る。「価格だけで言えば他にもあるのかもしれません。しかし、どれか一つが飛び抜けているよりも、バランス良くQCDを提供してくれるサービスが必要でした。それがFirstcutだったのです」

品質の面でも問題がなかった。従来は加工図面を書いて指示を出した。しかし、Firstcutで必要なのは3Dのデータだけ。Pro/Eを使用していた内藤氏はSTEPファイルをアップロードした。あとは、カスタマーサポートと話しをするだけで充分に指示は伝わっているし、できあがった部品を見ても精度上の問題も全くなかった。内藤氏は言う。「3Dデータから図面を起こす場合、本当にかかった時間もさることながら、心理的にもすごく負担になるものです。3Dデータのみでしっかりと精度をもった切削加工ができることは開発のスピード上も大きなメリットになります」

「WHILL」は、既存の車いすに装着して電動で駆動させ、特に5キロ圏内を車いすユーザが自由に動けるようにする。ヘッドホンをモチーフにした積極性をイメージする形状とその機能性は健常者をも魅了する。

3DCADデータだけでFirstcut切削加工したパーツ

ロジカルな仕組みと人の柔軟性が融合した効率の良いプロセス

内藤氏は、プロトラブズの見積りのプロセスが気に入っているという。内藤氏をはじめとする20代の若い世代の人達は、Web上で作業をしていく仕組みに慣れていることもあり、違和感がない。そしてネット上で使えるFirstQuoteは、わかりやすい。内藤氏によればFirstQuoteはナビゲートが良くできて迷うことがないという。またコストが上がる場合なども、ロジカルに説明をしてもらえるし、その根拠がはっきりとわかるので納得感が高いという。スピードも重要なポイントだったが、週末に設計し、月曜日に見積りが提示され、問題なければ週末までにはパーツができている。このリズムはありがたかったと内藤氏は言う。ソフトではおなじみのベータ版をどんどん回すような開発ができるのだ。

ところがそのシステマチックなプロセスの中に予期していなかった柔軟性もあるという。見積りが届くとすぐに電話がかかってくるので、相談がしやすい。さらに、内藤氏が驚いたのが、急ぎの対応で土曜日にパーツが欲しいという時にも柔軟に対応してもらうなど、無理か、と考えた時もユーザを考慮して柔軟に対応してくれたのだ。確かに仕組みはビジネスライクなのだが、それを実際に運用する人達は、柔軟性をもって助けてくれたという。内藤氏は言う。間違いなくFirstcutというサービスがWHILL実現につながる大きな鍵であったと。
WHILLは2012年5月に株式会社化し、現在は本年冬の発表を目指し、新モデルの開発を進めている。

WHILL株式会社

WHILL株式会社 最高開発責任者(CDO) 内藤 淳平 氏

健常者と障害者という既存の概念を変える、新たな価値観・ライフスタイルを創出するプロダクト・サービスの設計・製造・販売を行う企業。そのコンセプトを実現する最初の製品として、車いすユーザから始まるパーソナルモビリティをテーマに、車いすの機能を活かした、時速20kmまでの走行が可能なモビリティを提案し、東京モーターショーで大きな反響を得る。

本連載は、「日経ものづくり」2012年10月号に掲載されたコンテンツを再編集したものです。
プロトラブズおよびProtomold射出成形の詳細:http://go.protolabs.co.jp/