10. MSOによるバスの解析

(1) MSOはパラレル・バスの解析に最適

パラレル・バスの解析機能を持つオシロスコープはMSOと呼ばれ、簡易型ロジック・アナライザ機能を内包しています。2~4チャネルの通常のアナログ入力部に加え、多チャネルのデジタル信号(1か0という2進の論理値を持つ)を扱うデジタル入力部を持ちます。デジタル入力部のチャネル数は各メーカのモデルにより、8~32チャネル程の数になります。

デジタル入力部は主にロジック回路に接続され、論理動作の解析を行います。8ビットや16ビットのパラレル・バス(例えば、CPUアドレス・バスやデータ・バス)をモニタすることもできますし、数ビットのパラレル・バス(例えば、マルチ・プレクサの入力コントロール・バス)を解析することもできます。観測できるチャンネル数が大きく増え、バスの内容をデコードすることによる解析力が上がりますので、デバッグ用途に広く使われるようになりました。

MSOオシロスコープの例

(2) 組み込みシステムはミクスド・シグナル環境

組み込みシステムにおいては、センサ出力などのアナログ信号(連続的に変化する量を持つ)も、シリアル・バスやパラレル・バスを流れるデジタル信号(1か0という2進の論理値を持つ)も使われます。例えば1つの基板上において、センサ出力を受けA/D変換したデバイスがI2CやSPIなどシリアル・バス経由でデータを転送し、CPUからのパラレル・バスがそれらをコントロールする。このようなアナログもデジタルも混在した環境をミクスド・シグナル環境と呼ばれます。

組み込みシステムにおいては、アナログ・デジタル混在するハードウェアに加え、シリアル・バスを流れるソフトウェアおよびパラレル・バスを流れるソフトウェアが複雑に絡み合います。組み込みシステムのデバッグは困難を極めることは容易に想像できます。

ミクスド・シグナル環境の例

(3) MSOの用途はパラレル・バスの解析のみに非ず

この環境において効果的なデバッグを行うキーは、チャネル数の限られたアナログ入力部と豊富なチャネル数を持つデジタル入力部の使い分けです。デジタル信号だからといって常にデジタル入力部につないでいるだけでは、見えるものも見えません。デジタル信号も不良動作の原因追及をするデバッグ時においては、アナログ入力部に接続して、波形の挙動を詳細に観測しなければなりません。アナログ入力部による詳細な観測を行って初めて、メタ・ステーブル状態やグリッチの発生がわかるのです。

逆に、I2CやSPIのようなシリアル・バスを流れる信号を常にアナログ入力部につないでおこうとすると、2~4チャネルしかないアナログ入力部はすぐに一杯になってしまします。例えば、シンプルな組み込みシステムにおいても、I2CとSPIが同時に使われることはよくありますが、信号線2本のI2Cと信号線3本のSPIを同時にアナログ入力部につなぐことができません。このような時、シリアル・バス解析をデジタル入力部に任せることにより、アナログ入力部に空きをつくることができます。空きができたアナログ入力部を本来の目的である、詳細な波形の挙動観測に向けることができます。

MSOの用途はパラレル・バスの解析のみならず、シリアル・バスの解析にも使える優れものです。デジタル入力部とアナログ入力部を使い分ける効果的な運用により、不良の原因を追究するデバックを最高に効率的にこなす最高のツールなのです。

WaveInspectorのようなツールを兼用することも効率化に大いに寄与します。デコードした内容により検索やマーク付けを行うことができます。これにより、シリアル・バスやパラレル・バスに流れる特定のデバイスを指定したり、特定の動作を指定したりできますので、効率的にデバッグを進めることができます。

最後に

電気信号の挙動を見る目的で生まれたアナログ・オシロスコープはそれまでのどの装置より、電気信号に対する観測力に優れ、多くの産業の発展に貢献しました。デジタル・オシロスコープへの変化過程において「波形を数値化する」測定力を持ち、オシロスコープはさらに大きく進化しました。

その後もユーザからの要求に応え続けることにより、オシロスコープは「流れるデータの内容を吟味する」解析力さえ備えるに至りました。用途の観点から見ても、「波形を観測しその性質を知る用途」に加え、「不具合原因を探るデバッグ用途」、「波形の良否判定による自動化用途」、「規格適合性を知るコンプライアンス用途」と、オシロスコープの用途は拡大してきました。

今日のオシロスコープは、もはや波形を見るだけの装置と考えてはいけません。オシロスコープに満載された豊富な機能を活用するだけで、皆様の仕事を大きく効率アップさせることのできる魔法のツールです。「知らなかった機能を使う」ことで効率アップが図れます。この連載では一歩進んだオシロスコープの活用法をご紹介しました。ぜひ仕事の効率アップに役立ててください。

著者
稲垣 正一郎(いながき・しょういちろう)
日本テクトロニクス テクニカルサポートセンター センター長