産総研とホンダが組んで福島第一原発向けロボットを開発

というわけで、ここからが本題。産総研が本田技術研究所(本田技研工業(ホンダ)の研究部門)と福島原発の調査用に共同開発した「高所調査用ロボット」が題材だ。なお、同ロボットはすでに福島原発で使用中である。

福島原発ではいうまでもないが空間線量率が高いため、当然人が近寄れないエリアも多い。そこでロボットが当初から活躍している。最初は、水を上階に送り込んだりガレキを撤去したりといった作業で無人化された建設機械が活躍した(画像6)。そしてある程度落ち着いてきたところで建屋内の状況を知りたいということになり、そこでまず導入されたのが、掃除ロボットルンバでお馴染みのiRobotの爆弾処理用ロボット「PackBot」(画像7)だったわけだ。

続いて、日本製のロボットとしては初めて、国際レスキュー研究システム機構、東北大学、千葉工業大学が共同開発した「Quince」(画像8)が投入されたのはご存じの通り。しかし、日本はいくつもの大学や研究機関、企業がロボットを開発していたにもかかわらず、Quince以外では活躍できるロボットを送り込めなかったこともまた事実である(いろいろと事情はあるようだが)。

画像6(左):遠隔操作のクローラダンプ「かたつむり1号」。(c) 東京電力 画像7(中):PackBot。(c) iRobot 画像8(右):Quince

産総研でも、つくば北センターにて現場で使えそうなロボットを集めて試験を行い、東京電力(東電)に対して提示を行ったという。しかし、残念なことに当時の産総研には、現場で事故収束作業に貢献できるロボットがなかったのである。一般のイメージだと、HRPシリーズ(現役機種なら、プロメテ、未夢(画像9)、HRP-4(画像10)など)のようなヒューマノイドロボットなら、作業員の代わりが務まりそうに思えなくもないが、実は残念なことに、人間の柔軟な作業能力と同等のことを行えるロボットはまだ存在していないのである。

画像9(左):HRP-4C 未夢。 画像10(右):未夢で得られた技術を使って開発された、産総研/川田工業の最新ヒューマノイドロボット「HRP-4」

一方のホンダも、一般からの問い合わせで、「福島原発になぜASIMO(画像11)を使わない」というおしかりの電話が毎日のようにたくさん届いたという。しかし、残念ながらASIMOにも作業をこなせるだけの機能はない。そこで、ホンダは自分たちはこれまでロボットを開発してきたのに、なぜこうした事故の時に役に立てないのかということを考えたそうである。

そこで、技術は間違いなくあることからそれを活かす方法がないかということで、産総研にコンタクトをしたというわけだ。そして東電との三者協力体制のもと、現場のニーズも採り入れながら、福島原発の事故収束作業に貢献するためのロボットの開発が進められ、高所調査用ロボット(画像12)が誕生したのである。

画像11(左):左から初代、2代目、最新の3代目ASIMO。 画像12(右):高所調査用ロボット

しかし、Quinceなどが入っているのだから、今さら調査用の新しいロボットなんて不要だろう、貢献しているように見せるために作ったのでは? などと、疑念の目で見てしまう人もいるかも知れない。しかし、実はまだまだ調査が行き届いていないところもとても多いのだ。

例えば福島第一原発2号機の建屋の1階。1階はロボットが最も出入りしているフロアなわけで、それこそ調べ尽くされているだろうと思うかも知れない。しかし原発の建屋は天井高が高く、8~10mほどある。そのため、Quinceなどの全高の低いタイプでは、同じ1階でも高いところの空間線量率などの調査を行えていないのだ。

さらに具体的には、画像13のように、画面の奥の方にハシゴがあるのだが、これを登っていった上の方に確認したい部分や重要な配管などが多く、さすがに階段の登坂性能やガレキ踏破能力で世界一に輝いた実績を持つQuinceやそれを上回る性能の後継機種たちであっても、ハシゴを垂直に登る能力はない。しかし、こうした高所にある配管や装置などに対して除染あるいは遮蔽を行うことで、空間線量率の低減に効果があるのではないかと考えられており、その高所の調査が現場のニーズとして上がっているというわけだ。

こうして経緯により、ホンダがASIMOの技術を用いて上部の調査用アームロボットの開発を担当し(画像14)、ホンダが技術として持っていないクローラ型の高所作業台車の開発を産総研が担当し、高所調査用ロボットの開発が行われたのである。

画像13(左):原発建屋内。現状、奥に見えるハシゴを登った上部の確認や、空間線量率の計測が求められている。 画像14(右):ホンダが開発を担当したASIMOの技術が応用されたアームロボット

高いところを見られるロボットというと、何の制約もないのであれば、背の高いロボットを作ってしまえば済む話だ。しかし、そうはいかないのが、原発の建屋である。低いところがいくらでもあるため、見たい現場まで移動する時は低い全高である必要があるのだ。そこで、高所調査用ロボットの全高は1.8mとなった。

さらに、建屋内の通路は幅に余裕がない。中には全幅80cmのロボットじゃないと通れない狭い通路もあるという。こうして、移動時はコンパクトでいながら、目的地では最高で7m位まで届くという、相矛盾するリクエストに応えたのが高所調査用ロボットというわけなのだ(画像15・16)。

画像15(左):マストを最大限伸ばした状態。 画像16(右):マストを伸ばした状態と収納した状態の比較

同ロボットのスペックは、発表時の[記事]に( http://news.mynavi.jp/news/2013/06/18/143/ )に詳しく記載しているが、基本仕様は画像17の通り。全長1.8m×全幅0.8m×全高1.8mで、最大到達高度は7.0m(マスト5.3m+ロボットアーム1.7m)。バッテリは5時間となっている。有線による電力供給は行っていない。通信用の有線ケーブルは1Gbpsのものを400m搭載し、無線はIEEE802.11gを2系統という具合だ。

そして高所調査用ロボットのセンサ配置図が画像18だ。これだけ多彩なセンサが装備されている。逆にこれだけセンサを装備しないと、狭いところを抜けていくのは難しいという。センサの種類と数は、カメラ18(手先モニタ、手先周辺、根元、上方×3、前方×2、四隅下方(各1)、側面上方×2、側面下方×4(片側2×2)、後方、リール)、LRF3(手先、前方、上方)、レーザーマーカ13(水平×2、上方×3、側面×8(片側4×2))、線量計×1という具合だ。

画像17。イラスト入りの基本仕様

画像18。センサ配置図