めまぐるしく愛おしい88年間の日々を支えてくれたのは、いつも“おいしいもの”だった――。『魔女の宅急便』の著者であり、「魔法の文学館」開館や「紫式部文学賞」受賞でも話題の作家・角野栄子さんのエッセイ集『おいしいふ~せん』(NHK出版)から、珠玉の5篇を試し読み。文中に登場するカラフルで愉快なイラストも、角野さんご本人の手によるものです。
今回のお話は、「孤独なスープ」。
孤独なスープ
背中がぞぞっとしたら、それがお化けのせいではない限り、鶏を1羽買って帰ろう。あれば、小柄な鶏を。なければ、半身。それもなければ、もも、むね、ももと3つ。
もし高熱が出て、動けなくなったら困る。食べるものは用意する。いつだって、食欲だけは落ちないから。
これが私の危機管理。
来るぞ、来るぞ、風邪が来るぞ。背中と、足首が叫びだした。
大鍋に水を入れ、買ってきた鶏を入れる。にんにく、まるごと1個。しょうが、ゴツゴツぐらいを1個投入。にんにくとしょうがの常備は、これまた最高度の危機管理。
肩がこわばり、喉が、ガサガサ……、やっぱり来たぞ。 いつでも座れるように、コンロのそばに椅子をスタンバイ。煮立った鍋を弱火にして、アクをすくい続ける。ここまで出来たら、しめたもの。あとは、ベッドに潜り込む。
1日目、ホロホロになった肉を食らう。塩、こしょう、一味とうがらし、あるものかけて。
2日目、スープを小鉢にとって、みそ、マヨネーズ、粉チーズ、あるもの何でも溶かし込んで、ディップにして、肉を食らう。
3日目、骨についた肉をこそげ、軟骨をしゃぶり、トロトロのにんにくをすする。ここで肉とはさらば。
4日目、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、あればセロリ、ズッキーニ、まるごとスープにぼかぼか入れて。煮えたら、切って、塩かけて……。あればバター。あればおかか……、これは意外な味方!
5日目、残り少なくなったスープに、ご飯を入れる。塩、黒こしょうが最高。あれば、途中からレモンを搾り入れる。これも意外な助っ人!
6日目、風邪去りぬ。
本連載は、 『おいしいふ~せん』より、一部を抜粋してご紹介しています。
『おいしいふ~せん』(NHK出版)
著者:角野 栄子
たんぽぽの汁を吸って亡き母を想った子ども時代、初めての味に驚きの連続だったブラジル生活、『魔女の宅急便』の読者から届いたゆすらんめのジュース……。めまぐるしく愛おしい88年間の日々を支えてくれたのは、いつも“おいしいもの”だった。角野栄子さんならではのユーモアと温かみにあふれる文章と、カラフルで愉快なイラストを散りばめたショートエッセイ56篇を収録した本書は、かわいい装丁とサイズ感はプレゼントにもぴったり。何気ない毎日の愛おしさに気がつき、前向きになれる一冊は、Amazonで好評発売中です。
PROFILE:角野 栄子(かどの・えいこ)
東京・深川生まれ。大学卒業後、紀伊國屋書店出版部勤務を経て24歳からブラジルに2年間滞在。その体験をもとに書いた『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』で1970年作家デビュー。1985年に代表作『魔女の宅急便』で野間児童文芸賞、小学館文学賞受賞。2000年に紫綬褒章、2014年に旭日小綬章を受章。2016年『トンネルの森 1945』で産経児童出版文化賞 ニッポン放送賞を受賞。2018年に児童文学のノーベル賞ともいわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞。2023年に『イコ トラベリング 1948ー』で紫式部文学賞受賞、11月に江戸川区角野栄子児童文学館が開館。