2015年7月14日、米国の探査機「ニュー・ホライズンズ」が、約9年にもおよぶ旅路の末、「冥王星」をフライバイ(接近通過)した。冥王星は太陽系最果てにある天体の1つで、その遠さと小ささから、発見以来、詳細な姿は謎に包まれていた。

はたしてニュー・ホライズンズは、そこで何を見て、そして何がわかったのだろうか。

今回はニュー・ホライズンズの観測から、解き明かされた謎と、そして新しく生まれた謎を見ていきたい。

ニュー・ホライズンズ以前の冥王星

クライド・トンボーらが冥王星を発見して以来、いったいどんな星なのかを探る努力が、大勢の人々によって続けられてきた。しかし、冥王星はあまりにも遠く、地上の望遠鏡では限られたことしかわからなかった。

1970年代から80年代にかけて、NASAは太陽系を縦断するように飛ぶ、2機の「ヴォイジャー」探査機を打ち上げたが、軌道やタイミングなどの条件が折り合わず、冥王星を観測することはできなかった。

1978年に衛星「カロン」が発見され、そのおかげで冥王星の質量や軌道を正確に見積もることが可能になった。1990年代になると、人類最高の視力を持つ望遠鏡のひとつ「ハッブル」宇宙望遠鏡によって撮影が行われ、表面にまだら模様があることがわかり、また大気についてもおおまかに見積もることができるようになった。

しかし、その詳細については相変わらずわからないまま、長年、天文学者や天文ファンにとって、悩ましくも魅力的な謎であり続けた。そしてついに、ニュー・ホライズンズのフライバイ観測により、その謎の一部が解き明かされ、その一方で新たな謎が生まれることになった。

ニュー・ホライズンズの想像図 (C)JHUAPL/SwRI

ニュー・ホライズンズが撮影した冥王星と衛星カロン (C)NASA/JHUAPL/SwRI

ニュー・ホライズンズが見た冥王星

ニュー・ホライズンズが撮影した冥王星の画像の中で、最も人々の興味を惹いたのはハート・マークの形をした領域だろう。ここはニュー・ホライズンズのチームによって、発見者のクライド・トンボーにちなみ「トンボー領域」と名付けられた。その南端には、富士山とほぼ同じ、3500m級の山脈が存在している。ただしこの山は土や岩ではなく、氷から形成されている。

ニュー・ホライズンズが撮影した冥王星。大きなハート・マーク形の領域(トンボー領域)が見える (C)NASA/JHUAPL/SwRI

トンボー領域の南には3500m級の氷の山脈が存在する (C)NASA/JHUAPL/SwRI

このトンボー領域を見た科学者らは一様に首をかしげた。クレーターがほとんど見当たらなかったからだ。

惑星や準惑星ほどの大きさの天体であれば、その大きな引力に引かれて、大小さまざまな天体が降り注ぎ、地表にクレーターができる。これが地球のような分厚い大気を持つ天体であれば、小さな天体は大気の中に突入した際に燃え尽きるため、地表まで達しないことが多い。しかし、冥王星にはごくごく薄い大気しかないため、まるで地球の月のように、無数のクレーターがある、凸凹した表面になっていると考えられていた。ところがその予想は裏切られることになった。

科学者らはこの謎について、冥王星の地表が1億年ほど前の最近まで、あるいは今現在も活動しており、それによって山ができたり、火山のように地下の物質が噴き出して表面を覆うなどして、クレーターがかき消されたのではないかと考えられるという。1億年が最近、と表現されるところが少し引っかからなくもないが、太陽系ができたのが約46億年も前のことなので、それから考えると1億年前は最近なのだ。

ただ、山ができたり、地下物質が噴き出すためには、強力な熱源が必要になる。しかし、その熱がどこから来ているのかはまだわかっていない。

太陽系には他にも火山などを持つ天体があるが、それらはすぐ近くに巨大な天体があり、その引力によって星の形が変形し、その際に熱が生まれていると考えられている。しかし、冥王星の近くには、星を変形させられるほどの巨大な天体はない。

ニュー・ホライズンズにかかわっている科学者の一人のジョン・スペンサー氏は「この事実は、他の氷の星の地質活動の動力源についても考えを改めることになるかもしれない」と語る。

NASAはその後、トンボー領域の中央から少し下を拡大撮影した画像を公開したが、やはりクレーターは見当たらなかった。そればかりか、そこには氷の平原が広がっており、さらにところどころが溝によって区切られ、幅およそ20kmほどの不規則な地形が形成されている。この領域はニュー・ホライズンズのチームによって「スプートニク平原」と名付けられた。

チームの一人のジェフ・ムーア氏は「この地形がどうやってできたのか、説明は簡単にできるものではない」と述べている。

あくまで仮説として、1つは、表面の物質の収縮による結果であるという説。もう1つは凍った一酸化炭素、メタン、そして窒素が、冥王星の内部の熱によって溶け、対流を起こした結果であるという説である。

さらに、トンボー領域には、地球の氷河に似た地形も確認された。ここには窒素を主成分とする氷河が流れているという。

トンボー領域の中央から少し下には氷の平原(スプートニク平原)が広がる (C)NASA/JHUAPL/SwRI

トンボー領域には、地球の氷河に似た地形も確認された (C)NASA/JHUAPL/SwRI

ニュー・ホライズンズはまた、地表だけではなく大気の観測も行った。その中で、地表から1600km付近までの間に、窒素が主体の大気が広がっていることがわかった。

また、冥王星から見て太陽の反対方向には、窒素イオンのプラズマが検出され、そしてそれは10万kmほどにまで長く伸びていた。おそらく太陽から吹き出したプラズマ(太陽風)によって、大気中の窒素が吹き流されて形成されていると考えられている。

さらに、冥王星の通過から約7時間後には、後ろを振り返り、冥王星が太陽を覆い隠すような構図の画像も撮影された。こうすることで、その天体の周囲にある大気を浮かび上がらせるようにして観測することができる。

この画像では、表面から高さ130kmあたりまでに靄(もや)が確認された。また現時点での分析により、高度約80kmと約50kmに2つの層があることもわかったという。

科学者の一人マイケル・サマーズ氏は「この画像で見られた靄は、冥王星を赤っぽく見せている炭化水素の化合物を作る上で、鍵となる要素だ」と述べている。

ある理論では、日光の紫外線がメタンガスを分解するときに靄が生成されているのではと推測されている。ニュー・ホライズンズの観測で、冥王星の大気中にはエチレンやアセチレンなどが見つかっているが、これらはメタンの分解から生まれたと考えられる。

そして、それらのガスが大気の下の層や、温度が低い部分に落ちると、氷の粒子に濃縮され、靄になる。またさらに、紫外線はその靄を赤茶色のソリンに変化させ、これが冥王星の赤茶けた色として見えるのだという。

冥王星には窒素が主体の大気があり、太陽風によって吹き流されている (C)NASA/JHUAPL/SwRI

冥王星の大気が作り出したリング (C)NASA/JHUAPL/SwRI

衛星カロン

冥王星だけでなく、その衛星の「カロン」にも多くの発見があった。

衛星カロン (C)NASA/JHUAPL/SwRI

この画像はカロンから約46万6000km離れた場所から撮影されたもので、まず星の中央の少し下には、長さ1000kmにも及ぶ巨大な谷がある。これはカロンの地殻が広がり、割れたことで形成されたと考えられるという。また右上にも、深さ7kmから9kmの渓谷のような地形も見える。

科学者らはまた、冥王星と同様に、カロンの地表にクレーターが少ないことに驚いたという。たとえば、カロンと同じように氷が主体で、大きさも似ている土星の衛星「テティス」や「ディオネ」には、大小さまざまな数多くのクレーターがあり、比べるとその違いがよりはっきりわかる。

土星の衛星「テティス」 (C)NASA/JPL

土星の衛星「ディオネ」 (C)NASA/JPL

これもやはり、ごく最近か、あるいは今現在も、地下の物質が噴き出して表面を覆うなどして、クレーターがかき消されたのではないかと考えられるという。

また、カロンの北極域には、黒い鉱物が露出していると考えられる、黒っぽい領域がある。

ニクスとヒドラ、ケルベロスとステュクス

冥王星にはカロンの他に、「ニクス」と「ヒドラ」、そして「ケルベロス」と「ステュクス」という衛星を持っている。このうち、これまでにニクスとヒドラの画像が公開されている。

衛星「ニクス」(左)と「ヒドラ」(右) (C)NASA/JHUAPL/SwRI

このニクス(左)の画像は約16万5000km離れたところから撮影されたもので、そら豆のような形(NASAは米国の有名なお菓子「ジェリービーンズ」形とたとえている)の姿をしていることがわかる。ニクスの寸法は42km x 36kmほどだと見積もられている。

画像の下には赤みがかった領域が見られる。科学者らは、この部分はクレーターではないかと推測している。今後、ニュー・ホライズンズから送られてくるより新しいデータによって、正体が明らかになるかもしれないと期待されている。

ヒドラ(右)は約23万1000km離れたところから撮影されたもので、長さは55km、幅は40kmほどだと見積もられている。この画像からは、右下と右上に2つのクレーターがあるのが見える。また上部には、他の場所より少し暗くなっているところがある。これは表面に出ている地質が異なるため暗く見えるのではと推測されている。

ニクスとヒドラは、2005年5月にハッブル宇宙望遠鏡によって発見されたが、非常に小さい天体だったため、今回ニュー・ホライズンズが観測するまで、その正確な姿かたちはわかっていなかった。

一方、冥王星にはあと2つ、「ケルベロス」と「ステュクス」という衛星もある。この2つの衛星の画像もニュー・ホラインズは観測しており、今年の10月中旬以降に送られてくる予定だという。

また、新しい衛星の発見も期待されている。

ニュー・ホライズンズの今後

ニュー・ホライズンズは8月いっぱいごろまで、冥王星の周辺の観測を続けている。

ニュー・ホライズンズの内部には、最接近時に取得されたデータがまだ多く眠っている。現在もまだ観測に専念している上に、探査機と地球との通信には片道で4時間半もの時間がかかり、さらに通信速度も800bpsほどと遅いため、すべてのデータを地球に送り終わるまでには16か月ほどもかかるという。

つまり探査機の中には、まだまだ多くの未知のデータが残っている。これから先、さらなる驚くべき発見がまだあるかもしれない。また、これまでに公開されている画像は、すべて探査機側で送りやすいように圧縮されたもので、元の高解像度のデータも、今後順次送られてくることになっている。より鮮明な画像から新しい発見があるかもしれない。

冥王星の観測を終えた後は、「エッジワース・カイパーベルト」という、海王星よりも外側の軌道の黄道面にある、天体が密集した円盤状の領域にある天体を探査することが計画されている。まだどの天体を探査するかは未定で、日本の「すばる」望遠鏡なども参加した国際的な観測により、現在候補地の選定が行われている最中にある。

ニュー・ホライズンズは2020年まで稼動し続けると見られている。そしていつかはヴォイジャー1のように、太陽系を飛び出し、恒星間空間を飛び続けることになる。

現在のところ、ニュー・ホライズンズに続く冥王星を探査計画は、まだ存在しない。今後しばらく、もしかしたら今の私たちが生きている間は、ニュー・ホライズンズが挙げた成果が上書きされることはないかもしれない。けれども、私たちが渇望しさえすれば、それは不可能なことではない。

そして、もしそれが、予算や政治などといった壁に阻まれたとしても、悲観することはない。この太陽系には冥王星以外にも、まだまだ多くの謎に満ち溢れているのだから。

ニュー・ホライズンズの航路図 (C)NASA/JHUAPL/SwRI

ニュー・ホライズンズの冒険はまだまだ続く (C)NASA/JHUAPL/SwRI

参考

・From Mountains to Moons: Multiple Discoveries from NASA’s New Horizons | NASA
 https://www.nasa.gov/press-release/from-mountains-to-moons-
multiple-discoveries-from-nasa-s-new-horizons-pluto-mission
・Pluto Wags its Tail | NASA
 http://www.nasa.gov/nh/pluto-wags-its-tail
・Charon’s Surprising, Youthful and Varied Terrain | NASA
 http://www.nasa.gov/image-feature/charon-s-surprising-youthful-and-varied-terrain
・New Horizons Discovers Frozen Plains in the Heart of Pluto’s ‘Heart’ | NASA
 http://www.nasa.gov/press-release/nasa-s-new-horizons-discovers-frozen-plains-in-the-heart-of-pluto-s-heart
・New Horizons Discovers Flowing Ices on Pluto | NASA
 http://www.nasa.gov/feature/new-horizons-discovers-flowing-ices-on-pluto