先日、ある大手小売企業が開設したECサイトの一部の商品で、通常の価格に比べてかなり低い価格を表示するというミスがありました。もし自分のネットショップでこんなミスが起きてしまったら……。

こうしたケースでは、ネットショップ運営者は、誤って表示した価格で申し込まれた注文を拒否することはできるのでしょうか? 価格の誤表記に関する問題について、法的な側面から詳しく見ていくことにします。(編集部)


【Q】ECサイトで値段を誤表示、販売を拒絶することはできる?

当社はいわゆるネット通販で家電などを販売しています。先日、大型冷蔵庫の価格を19万8,000円と表示するはずが、誤って1,980円と表示しているのに気付きました。すでに多数の注文が来ているのですが、販売を拒絶することはできないのでしょうか?


【A】事情にもよりますが、販売する義務を負う可能性は低いでしょう。

契約がすでに成立しているかという点と、錯誤無効の主張ができるかという点を、個別の事情に応じて検討する必要がありますが、ご相談の事例では、1,980円で販売する義務を負うとされる可能性は低いものと思われます。


考え方

ネット通販のような電子商取引においても、売買契約が効力を生じるためには、「売買契約が成立していること」と、「その売買契約が有効であること」が必要です。したがって、まず売買契約が成立しているといえるかどうか、次に、売買契約が成立しているとしても、錯誤による契約の無効を主張できないかについて検討する必要があります。

売買契約の成立時期

契約は、「申込み」の意思表示と「承諾」の意思表示の合致によって成立しますが、一般的には、販売商品をWebサイトへ掲載する行為は、契約の申込みの誘引にすぎず、これを見た顧客の注文が「申込み」の意思表示であると考えられています。

したがって、顧客の注文を受けた販売事業者が「承諾」の意思表示をしていないときは、未だに契約が成立しているとはいえず、販売事業者は、商品を誤表示価格で販売する義務はないことになります。

ネット通販の場合

それではネット通販の場合、どのような場合に「承諾」の意思表示があったといえるのでしょうか。

これは事例に応じて個別具体的に判断されるべき問題です。しかし、販売事業者から次のような内容のメールが注文者のメールサーバに届いたり、注文者の利用するモニタ画面上に次のような表示がされた場合には、「承諾」の意思表示があったといえるでしょう(※)。

「下記のご注文を承りました。商品番号××。商品の発送は○月○日となります。」

※ なお、契約の成立時期については、電子的な方式により契約の承諾の意思表示がされる場合には、承諾の意思表示が申込者に「到達」した時点となります(電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律(電子契約法)第4条、民法第97条1項)

これに対して、販売事業者からのメールが自動返信メールなどであり、承諾の意思表示が別途なされることが当該メールに明記されている場合には、承諾の意思表示にはあたらないものと考えられます。例えば、メールに次のように記載されている場合です。

「本メールは注文内容の確認メールであり、承諾の通知ではありません。当社において在庫を確認の上、受注が可能な場合には改めて正式な承諾通知をお送りします。」

それでは、「承諾は別途送る」ことを明らかにしていない注文確認メールの場合はどうでしょうか。この点については、当事者の意思解釈の問題ですので、結局のところケースバイケースで判断されることになるものと思われます。

そのほか、通販Webサイトの利用規約に、「当サイトから商品が発送されたことをお知らせする『ご注文の発送』メールがお客様に送信されたことをもって契約が成立したものとみなします。」などと記載されている場合には、(当該規約の有効性に争いがないことが前提となりますが)利用規約に従って、「ご注文の発送」メールが送信されるまでは、契約が成立していないこととなるものと考えられます。

以上のように、契約が成立しているかどうかは、あくまでそれぞれの事案に応じて個別具体的に判断する必要がありますが、契約がまだ成立していなければ、誤表示価格で購入希望者に販売する義務はないことになります。

契約が成立した場合

次に、仮に誤表示価格による売買契約が成立したと評価される場合はどうでしょうか。この場合であっても、売主の真意としてはそのような低い値段で売るつもりはなかったわけですから、錯誤による契約の無効(厳密には承諾の意思表示の無効)を主張できる場合があります(民法第95条参照)。

なお、電子消費者契約について一定の場合に民法の錯誤無効の規定を適用しないとする法律として電子契約法第3条がありますが、同条は電子消費者契約において消費者が行う意思表示についてのみ適用される規定ですので、本件のような事業者が行う承諾の意思表示には適用がありません。

錯誤無効の主張ができる場合

錯誤無効の主張が認められるためには、(1)錯誤が要素の錯誤にあたることと、(2)重大な過失(重過失)のないこと、が必要です。

(1)は、そのような錯誤がなければ意思表示をしなかったであろうと考えられ、かつ、そのことが通常人からみても妥当であることを意味し、(2)は、通常人に期待される注意を著しく欠いていることを意味しています。

相談事例について

ご相談の事例では、通常人からみても、1,980円と表示していることに気付いていれば、本来19万8000円の商品を販売することを承諾することはなかったと考えられますから、(1)の要件は満たします。

しかしながら、ネット販売事業者にとって、販売価格をいくらにするかというのは事業を行う上で最も大事な点であって、当然よく確認した上で意思表示するべき事項です。したがって、ネット販売事業者に重大な過失があったことを否定するのはかなりの困難を伴うのではないかと思われます((2)の要件)。

そうすると、ご相談の事例では、錯誤無効の主張はできなくなりそうです。

しかしながら、錯誤があったことを相手方(買主)が知っている場合には、重過失ある売主も錯誤無効を主張することができると考えられます。このような場合には、もはや契約を有効にして相手方を保護する必要性はないためです。

具体的には、価格の相場が大体決まっているものについて、明らかに桁を間違えて表示しているようなときや、匿名掲示板で価格誤表示が取り上げられているのを見て注文した場合には、価格の誤表示について買主が知っていたといえるでしょう。

ご相談の事例では、大型冷蔵庫の相場価格が10万円以上であることは一般の消費者にも明らかです。そして、そのような相場価格からすると1,980円という表示価格は2桁も安い価格であって、誤表示であることは容易に気付くものといえます。

したがって、ご相談の事例では、販売事業者は、注文者が価格の誤表示を認識していたとして、錯誤無効を主張して販売義務を免れることができる可能性が高いものと考えられます(以上、錯誤に関しては、本連載第4回も参照して下さい)。

終わりに

近時、ネット通販における価格の誤表示は多発している事例です。ネット通販事業者としては、まずは誤表示の発生を防ぐため、二重のチェック体制を整えたり、仕入値以下での表示に警告を発するシステムを導入するなどの対策が有効でしょう。それとともに、利用規約や自動返信メールの内容等を見直すことも考えてはいかがでしょうか。

(木村栄作/英知法律事務所)

弁護士法人 英知法律事務所

情報ネットワーク、情報セキュリティ、内部統制など新しい分野の法律問題に関するエキスパートとして、会社法、損害賠償法など伝統的な法律分野との融合を目指し、企業法務に特化した業務を展開している弁護士法人。大阪の西天満と東京の神谷町に事務所を開設している。 同事務所のURLはこちら→ http://www.law.co.jp/