昨年12月に公布・施行された「官民データ活用推進基本法」については、電子委任状という仕組みを活用してマイナンバーカードを「社印」代わりに使って契約書などを電子化していくことが制度化される動きとして、一度この連載でも取り上げました。

今回は、この「官民データ活用推進基本法」(以下、「基本法」)が目指す「デジタルファースト」への流れとマイナンバー制度がこれにどう関わっていくことになるのか、そしてどうすれば、この「基本法」が実効ある成果を出せるようになるのか、そうした観点で現状を整理してみましょう。

「官民データ活用推進基本法」が目指す「デジタルファースト」とは

(図1)の資料では「基本法」の果たす役割と、官民データ活用が実現する成果として「GDP600兆円の実現」、「社会課題の解決」をあげています。

データを積極活用するためには、有用な情報が紙ベースではなく電子データ化されていなければなりません。そのために「基本法」第3章「基本的施策」第10条では(図2)のような施策が掲げられています。

この第3項については、以前取り上げた契約書などを電子化していく仕組みの法制上の措置として、すでに総務省が今国会に「電子委任状の普及の促進に関する法律案(仮称)」を提出することにしており、「基本法」施行後もっとも早い対応ということができます。

では、第1項に掲げられた国、地方自治体の行政手続のオンライン化については、どうでしょうか。以前から「電子政府構想」が掲げられて、ここまで税の分野での電子申告など一定の成果をあげているものの、行政機関で諸手続は紙による対面での提出がこれまでは原則でした。「基本法」第1項では、この原則を逆転させ、オンラインによる手続の方法を原則にするとしています。

オンラインによる手続の方法を原則にすることについての考え方を内閣官房IT総合戦略室が示した資料が(図3)になります。

ここでは、行政手続のオンライン化の目指す取り組みとして、3つの項目が掲げられています。その3項目は「デジタルファーストの実現」、「ワンストップの実現」、「ワンスオンリー原則の実現」ですが、これが本当に実現すれば、国民にとっても事業者にとっても利便性の高いものになります。ただし、ここまでも「電子政府構想」を掲げながら、紙ベースの手続があいも変わらず延々と続けられてきたことを考えると、これらの実現はそう簡単には進まないと思われます。

IT総合戦略本部の新戦略推進専門調査会電子行政分科会が2月に示した「新たな電子行政の方針についての考え方(案)」では、「これまでの電子行政の取組と残された課題」の項で、「紙や申請を前提とした制度といった、今後のデジタル化を阻む障壁も明確になっています。こうしたデジタル化と相反する制度の見直しにまで踏み込んで、旧来の仕組みを抜本的に変革することができるかどうかが、本方針を推進していく上での分水嶺である。」と述べています。現状の行政手続きに係る法律では、すべて紙が原則で成り立っていますので、それらのすべてについて、デジタルファーストを実現することが簡単なことではないことを、この一文は物語っているように思えます。

ここまで取り上げてきた資料はすべてが(案)であり、IT戦略本部の各分科会で検討中のものです。したがって、今後まだまだ成案をえるまで紆余曲折があると考えられますが、「基本法」をもとに行政手続のオンライン化で「デジタルファーストの実現」、「ワンストップの実現」、「ワンスオンリー原則の実現」が達成される道筋が見えてくるような動きが加速されていくかどうか、政府の動きに注目していきたいと思います。

電子政府構築 事業者視点に立った経団連の提言

こうした政府の動きに呼応して、IT戦略本部の規制制度改革ワーキングチームに日本経済団体連合会(以下、経団連)が「Society5.0に向けた電子政府の構築を求める」と題した資料を提出しています。

このなかで、「新たな電子政府の構築に向けて必要な視点」の項では、「マイナンバー制度の積極的な活用」と「直面している課題」をあげています。この「直面している課題」では、これまで行政電子化の取組が不十分な理由として、以下の6点をあげています。

①電子化の効果を引き出す前提となる本質的なBPRが不十分
(本質的なBPR:既存のプロセスや前例に捉われない業務フローやルールの再構築)
②各省毎の取組みによる全体最適の欠如
③国と地方の連携不足
④行政内部で一元的に電子政府を企画・立案・実装する専門人材の不足
⑤ユーザビリティ・アクセシビリティの視点の不足
⑥技術革新を踏まえた規制改革の実績不足

ここまでの行政電子化では、法律できめられた紙ベースの手続のフローに単に電子化をのっけるようなやり方が多く、そのために使いづらいシステムになるなど利用率が低迷している電子申請なども多くあります。その点を改めなければ、本当に利便性のあるデジタルファーストとはならないことから、経団連の提言では課題の一番にBPRが不十分であることをあげています。

政府の「新たな電子行政の方針についての考え方(案)」のなかでも、BPRの必要性については「サービスデザイン思考に基づく業務改革(BPR)の推進」として言及があるものの、具体性としては「書面による提出、対面原則、押印等のデジタル化の障壁となっている制度や慣習にまで踏み込んだ改革を実施する」と電子化するためには当然と思えることしか書かれておらず、それだけ行政側の内部にある電子化への無関心や抵抗のようなものを感じてしまいます。こうした行政側の状況を勘案すると、経団連が指摘する「電子化の効果を引き出す前提となる本質的なBPRが不十分」という課題を克服するためには、同時に②~⑥の課題も射程にいれ、それぞれに対応した対策が講じられないと、政府のいう「サービスデザイン思考に基づく業務改革(BPR)の推進」も机上の空論になりかねないと危惧してしまいます。

そして、この経団連の「Society5.0に向けた電子政府の構築を求める」では、(図4)のように、「電子政府構築に必要な施策(10の提言)」を提言しています。

提言③の「官民データ活用推進基本法の着実な推進・拡充」では「基本法に基づく業務改革と電子化の義務付け」として「行政手続において、電子的処理が可能なものは電子的に処理することを行政機関の義務として規定する」ことを求めるなど、かなり踏み込んだ内容となっています。

また、提言④では「国民生活の質的向上のためのマイナンバー制度の見直し等」では「マイナンバーの利用範囲の拡大」や「特定個人情報取扱規制の見直し」などで、具体的な言及はないものの、行政機関間の連携でマイナンバーを取り扱うことが可能になることを背景に、事業者にとって負担となっているマイナンバーを取り扱う範囲を見直すことなどを求めていると考えられます。そのほか、「マイナポータルの利便性向上」なども給付金の受け取りや入金をオンラインで完結できるような具体的な機能の拡充を求めています。これらも含めて6項目にわたる提言がマイナンバー制度について行われており、「マイナンバー制度の機能活用」が電子政府構築の大きなファクターとして位置づけられています。

そして、この「Society5.0に向けた電子政府の構築を求める」では、これらの提言をベースに、別紙としてモデルプロジェクトを例示しています。「行政-企業間手続の電子化の義務化」というプロジェクトでは、毎年5月に地方自治体から企業に送られてくる特別徴収税額通知の電子送付の義務化を提案しています。また「企業の社会保険手続の簡素化」というプロジェクトでは、企業の従業員の社会保険手続は保険により提出先が異なり、同様の手続(被保険者資格取得届など)を重複実施している現状を、各市区町村が保有する情報を行政間で連携し、社会保険の関連組織へ情報提供することで企業の申請手続を削減すると共に、社会保険の申請先をワンストップ化することを提案しています。このようにモデルプロジェクトの例示では、より具体的に事業者視点で行政の電子化に求めるものが提示されています。

「基本法」が施行され、「デジタルファーストの実現」、「ワンストップの実現」、「ワンスオンリー原則の実現」に向けて政府が動き出したとはいえ、まだまだ抽象的な議論にとどまっているなか、経団連の提言は「これが実現されれば便利になる」といった事業者視点での具体性が盛り込まれています。この経団連の提言を受けて政府がどのように動いていくのか、今後に注目したいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。