新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、所得税の申告期限が3月16日から4月16日に延長されました 。税務署に多くの人が集中することを避けるための処置だとすると、この際、税務署に行かずに済ませることができる電子申告をお勧めしたいところですが、マイナンバーカードが必要な方法だと、マイナンバーカードの取得に一カ月程度の時間がかかるため、間に合いません。申告期限の延長と同期をとって、マイナンバーカードの発行にかかる期間を短縮するような動きがあれば効果的な施策になると思うのですが、残念ながらそこまで連携して動く体制はできていないようです。

今回は、政府が進めるマイナンバーカード普及策について、今どのように動いているのか、みていきたいと思います。

政府のマイナンバーカード普及策

前々回のこの連載でも取り上げたデジタル・ガバメント実行計画が議論された昨年12月20日のデジタル・ガバメント閣僚会議に、「マイナンバーカードの普及等の取組について」という資料が提出されました。

(図1)は、その資料のなかの、現状進められているマイナンバーカードの普及策の全体像を示したものです。

昨年の6月や9月に示された取組方針などが、まとめられています。

総務省の発表によると、マイナンバーカードの交付枚数は、2020年1月20日現在で 約1,910万枚、人口に対する交付枚数率は15.0%となっています。昨年の4月1日時点では、交付枚数約1,657万枚、交付枚数率13.0%でしたので、約10カ月余りで、枚数で250万枚ほど増加、率で2ポイント向上したことになります。少しずつではありますが、マイナンバーカードの交付枚数は、伸びています。

(図1)の全体スケジュールで示された、マイナンバーカードの想定交付枚数をみてみると、以下のように想定されています。

・2020年7月末 3,000~4,000万枚
・2021年3月末 6,000~7,000万枚
・2022年3月末 9,000~10,000万枚
・2023年3月末 ほとんどの住民がカードを保有

これまでのマイナンバーカードの交付枚数の伸びからみると、飛躍的に伸ばす計画になっており、そのための施策が用意されています。

直近の2020年7月の施策では、マイナンバーカード取得者のみに提供されるマイナポイントによる消費活性化策です。また、2021年3月の施策では、マイナンバーカードの健康保険証利用です。

では、これらの現状の動きを見ていきましょう。

マイナポイントによる消費活性化策

(図2)は、資料「マイナンバーカードの普及等の取組について」のなかで、マイナポイントによる消費活性化策について説明したものです。

昨年10月消費税率が10%に引き上げられ、これに対応した消費活性化策として、キャッシュレス決済でのポイント還元が、今年の6月までを期限に実施されています。その後、7月~8月は東京オリンピック・パラリンピックが行われ、その後の消費を下支えするための施策が、このマイナポイントによる消費活性化策ということになります。

この施策は、マイナンバーカードを保有している利用者が、キャッシュレス決済サービスを一つ選択して、マイナポイントを申し込み、キャッシュレス決済サービスを利用して「前払い」または「物品等の購入」を行なった場合、5,000ポイント(1ポイント1円)を上限とするポイントを付与するというものです。「前払い」等が2万円で、5,000ポイントが付与されますので、ポイント還元率は25%にも及ぶことになります。

実際に、このポイントが付与されるのは、(図2)にもある通り、2020年9月以降ですが、(図2)の「マイナポイント事業の仕組み」の「①マイナンバーカードを取得しマイキーIDを設定」を事前に行っておく必要があることから、政府は、2020年7月末で想定交付枚数が伸びることを期待しているようです。

この、「①マイナンバーカードを取得しマイキーIDを設定」は、すでに行うことができるようになっています。

(図3)は、マイナポイントのホームページです。

こちらのホームページをみると、現在は「①マイナンバーカードを取得しマイキーIDを設定」のみが行える状態で、キャッシュレス決済サービスを選択できるようになるのが、7月以降という説明がされています。また、「キャッシュレス決済事業者の方」のページでは、今まさにこのマイナポイントを利用できるキャッシュレス事業者を募集している状況です。

「マイキーIDの設定」は、マイナンバーカードを取得していれば、スマートフォンかWindows PCからできるようになっており、総務省が提供するマイナポイントアプリをインストールして、行うことができます。私はiPhoneで試してみましたが、このアプリ、アップルストアで低評価なのもあってか、なかなかマイナンバーカードを読み取れず、読み取り失敗を繰り返していると、読み取り成功しても、通信エラーがでて、時間を使わされてしまいましたが、何度かトライして「マイキーIDの設定」を済ませることができました。

現時点で、この「マイキーIDの設定」している個人は、すでにマイナンバーカードを取得している個人であり、まだまだその数は少数だと思われます。

(図2)にある通り、このマイナポイントは総額約2,500億円が投じられて実施される施策です。消費活性化が主目的なので、ある程度大きな金額が投じられることはやむを得ないのかもしれませんが、マイナンバーカードの普及策としてみると、どれだけ効果がある政策なのか、首をかしげざるを得ません。マイナンバーカードを取得していない人の大半が、必要性を感じていないなかで、5,000円相当のポイント欲しさに、どれだけの人が新たにマイナンバーカードを取得するのか、その数が想定を大きく下回るようであれば、消費活性化という本来の目的も達成できなくなってしまいます。

消費活性化とマイナンバーカードの普及を同時に達成しようというこの政策が、うまく機能するかどうか、今後の経緯を見ていきたいと思います。

マイナンバーカードの健康保険証利用に向けた取組状況

(図4)は、資料「マイナンバーカードの普及等の取組について」のなかで、マイナンバーカードの健康保険証利用に向けた取組状況について説明したものです。

この(図4)では、(図1)にある通り2021年3月末までに、医療機関等の6割程度での導入を目指しての取組状況が説明されています。

「オンライン資格確認システムの構築」「保険医療機関・薬局におけるマイナンバーカード読取端末やシステムの導入」「各保険者におけるマイナンバーカードの取得支援等」の3つの取組が紹介されています。

このうち「オンライン資格確認システムの構築」は、厚生労働省が主導して、社会保険診療報酬支払基金などで新たなシステムを整備し、各保険者(保険組合)がそのシステムと連携できるようにシステム改修を進めることになっており、(図4)にあるような予定で進めば、2021年3月末までに準備は整うと思われます。

「保険医療機関・薬局におけるマイナンバーカード読取端末やシステムの導入」は、2020年夏頃から端末等の導入を進めるとしていますが、民間の医療機関や薬局が対象となることから、ここが予定通りに進むのかが、この仕組みを早く立ち上げるためのキーになるのではないかと考えます。政府も、2021年3月末の目標を、医療機関等の6割程度での導入としており、この取組を一気に進めることは難しいと考えていることがわかります。

ただ、この取組が一気に進まないとなると、いろんな医療機関にかかっている人にとって、医療機関によって、マイナンバーカードが保険証として利用できなければ、従来通り、保険証だけを持ち歩いた方が便利だということになります。そうすると、マイナンバーカードを取得しようというモチベーションも、この時点では、さほど高まることはないのではないでしょうか。

マイナンバーカードの取得については、「各保険者におけるマイナンバーカードの取得支援等」の取組で、各保険者が被保険者のマイナンバーカード取得を支援するとしています。ただし、マイナンバーカード取得の勧奨や支援があったとしても、2021年3月末の状況で、どれだけの人がメリットを感じてマイナンバーカード取得に動くかというと、上記の通り、それほど多くはならない可能性もあります。

こうした取組のなかで、政府内閣府等では、マイナンバーカードの健康保険証利用について、昨年12月に続いて、この2月にも新しいリーフレットを公表しています。(図5)は、2月に公表されたA4・3つ折りのリーフレットです。

A4裏表に内容が盛りだくさんなので、個々の内容にはふれませんが、今後このようなリーフレットが、保険組合を通して、被保険者に届けられるようにするのも、マイナンバーカード取得支援の一環として、実施されるのかもしれません。

マイナンバーカードの健康保険証利用は、マイナンバーカードを普及させるための施策として、マイナポイントと比べて、効果はあると思いますが、医療機関等の対応が一気に進まない今の計画では、(図1)でみたマイナンバーカードの想定交付枚数も計画通りには進まないのではないでしょうか。

何れにしても、個々人が本当に必要性を感じなければ、マイナンバーカードは普及しません。今回みてきたような施策だけでなく、マイナポータルで提供されるサービスが、個々人にとって便利なものとして充実していくなど、本来の施策を強化することも併せて進めていかないと、「ほとんどの住民がカードを保有」といった状況は、なかなか実現しないのではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。