7月末、トヨタが画期的な性能を発揮するバッテリーを開発し、これを搭載したEV(電気自動車)を2022年頃に発売するという報道があった。そのバッテリーは「全固体電池」というもので、EVの航続距離は2倍に伸び、充電時間は数分になるという。本当であれば、これは自動車という乗り物全体の未来を大きく左右する、きわめて重大なニュースだ。

トヨタが全固体電池を採用したEVを発売すると報道された(画像はイメージ)

液体を使わないから熱に強く、あらゆる性能が劇的に向上

7月末に報じられたこのニュースは、トヨタから正式に発表されたものではないが、全固体電池の開発に成功したことについては昨年3月、すでに正式発表済みだ。開発はトヨタと東京工業大学の共同で行われ、東京工業大学のサイトにかなり詳しい資料も公開されている。先日の報道も、これを搭載した市販EVの発売についてのことなので、大筋で疑うべきところはないだろう。

さて、全固体電池とはどういったものか。その名の通り、すべてが固体で作られた電池ということになる。逆にいえば、従来の電池はそうではなかったということ。自動車の12Vバッテリーにバッテリー液が入っていることは誰でも知っているが、その他の電池、たとえば乾電池でもボタン電池でも、そして現在のEVの主流であり、スマホなどにも広く採用されているリチウムイオン電池でも液体が使われている。従来の常識では、バッテリーにはどうしても液体が必要なのだ。

しかし、この液体こそが、電池の性能を高める上で足かせになっていた。たとえば電池に充電するとき、大きな電流を流すとバッテリーは発熱する。液体は高温になれば気化が促進され、最終的には沸騰するため、電流を流しすぎれば、最悪の場合はバッテリーが爆発するリスクさえある。そのため、リチウムイオンバッテリーでは大きな電流を流せない。つまり、数分といったレベルの急速充電は絶対に不可能なのだ。

一方、全固体電池は液体がいっさい使われていないため、発熱しても安定しており、安全なだけでなく、非常に高い性能を発揮する。東京工業大学のサイトによれば、リチウムイオン電池よりはるかに高速充電と高出力が可能で、出力特性はリチウムイオン電池の3倍。リチウムイオン電池が苦手とするマイナス30度や100度といった極端な低温・高温でも優れた性能を発揮し、さらに高い耐久性も備えているという。

今回の報道では、現在300~400km程度であるEVの航続距離が2倍になり、充電時間は数分。さらに寿命が非常に長いとされているが、これは控えめでこそあれ、誇張した数値ではないのかもしれない。

なお、こうした特性の中で、寿命が長いというのは容量や充電時間と比べて軽く見られがちだが、じつは非常に大切なこと。というのも、最近になってEVのバッテリーの劣化が改めて問題になっているからだ。

複数のEVが市販されて数年が経過したが、そのオーナーが愛車を手放そうとしたとき、買取り価格があまりにも低いことがネット上で大きな話題になった。購入するときはガソリンエンジン車よりはるかに高価格でありながら、数年後に手放すときの価値はガソリンエンジン車よりはるかに低い。これが本当なら、どんなにエコであっても、EVを購入したいと思う人は少ないだろう。

こうしたことが起きる原因はバッテリーの劣化にある。現在市販されているEVはどれも十分な性能のバッテリーを搭載してはいるが、少しずつその性能は低下していく。それが実用上支障ない程度であったとしても、中古車として販売する場合には大きなマイナスポイントとなり、バッテリーを新品に交換してから販売するか、さもなければとんでもない低価格にしなければ売れない。そのためにEVの買取り価格は低くなってしまうのだ。

一般にEVの弱点は航続距離の短さだとされるが、本当にEVを普及させたいなら、バッテリーの寿命を延ばすことは航続距離の問題と同じくらい重要になる。リセールバリューの低い車は絶対に売れない。しかし全固体電池なら、航続距離と寿命の両方を克服しているのだから、発売されればリセールバリューも十分に高くなるだろう。

EVがすべてのエコカーを駆逐し、内燃機関さえも駆逐する!?

現在、自動車業界はエコカーの覇権争いの真っ只中といえる。EV以外にもHV(ハイブリッド車)、PHV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池自動車)が市場に投入されており、HVの中でも従来のパラレル式に加えてシリーズ式がにわかに注目を集めるなど、群雄割拠の様相を呈している。こうした状況に、全固体電池はどんな影響を与えるか?

HVもPHVもFCVもそれぞれバッテリーを搭載しており、しかもそれがきわめて重要なパーツとなっている。これらのバッテリーを全固体電池に置き換えれば、相当な性能アップが見込めるだろう。その意味では、画期的な性能を実現したバッテリーの登場は、エコカー全体にとって朗報といえるのかもしれない。

しかし、これはやや近視眼的な見方だ。一歩、後ろに下がって全体を見渡せば、むしろ真実は逆かもしれない。そもそもHVもPHVもFCVも、すべては発電機付きのEVと見ることができる。つまり、バッテリーだけでは実用に耐える航続距離を実現できないので、それを補うために内燃機関や燃料電池を搭載しているのだ。ということは、バッテリーだけで十分な航続距離を実現できるのなら、HVもPHVもFCVも根本的に存在意義がなくなることになる。EVで事足りるなら、わざわざ複雑で面倒なシステムを使う必要がないのだ。

劇的に性能アップしたEVによってHV、PHV、FCVが駆逐されるとしたら大事件だが、しかし事はさらに重大かもしれない。ガソリンエンジンやディーゼルエンジンといった内燃機関さえも、EVに駆逐されるかもしれないのだ。

そもそも、人類初の自動車はEVだった。一般に最初の自動車はカール・ベンツが開発した3輪のガソリンエンジン車だとされるが、それよりも先に、EVは市販されているのだ。当時のEVはガソリンエンジン車の性能を上回り、その将来は有望とされていた。

しかし、EVは消え去る。その原因は明確で、バッテリーの性能が低く、十分な航続距離を確保できなかったから。120年も昔から、EVの問題点はとにかくバッテリーだった。バッテリーの性能さえ劇的に向上させることができれば、EVがガソリンエンジンを凌駕することは確実。120年前からそれは当然のことだったし、現在でもそうなのだ。

そして今回、トヨタによってバッテリーの劇的な性能向上が実現。120年ぶりの大逆転。EVが内燃機関さえも、駆逐するかもしれない。ただし、実際にどうなるかは不透明なところ。たとえば2022年頃に発売されるという全固体電池搭載のEVの価格が、もしFCVのようにきわめて高価だったら、当然ながら当面の普及は見込めない。もちろん、それ以外にも思わぬ弱点を抱えている可能性がある。今後、トヨタは全固体電池やそれを搭載したEVについて、段階的に情報を出していくだろう。注目したい。

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