携帯電話業界最大の商戦期である春の新入学シーズンを控え、学生向けのフィルタリング機能などに注力したサービスを提供するMVNOが増えているようです。親からのニーズが高いスマートフォンの安心・安全に力を入れるのには、どういった背景があるのでしょうか。

“外されない”フィルタリングに注力

毎年1月から3月にかけては、新たにスマートフォンを契約する新入学生を獲得するため、学生向けの割引サービスが相次いで投入される書き入れ時となります。しかしながらここ最近、大手各社は学生向けの割引サービス投入を年々前倒しする傾向が強まっています。今年度は、KDDIが2019年11月より「auの学割」を提供するなど、その傾向が一層加速しているようです。

ですが、この商戦期に力を入れているのは携帯電話大手だけではありません。MVNOも大きく盛り上がるこのシーズンに合わせ、1月から2月にかけて新戦略や新サービスの発表会を相次いで実施しています。ですが、各社の取り組みを見ていると、スマートフォンを利用する学生ではなく、その親に向けたアピールに力を注ぐMVNOが増えているように感じます。

その1つが、2月6日に発表会を実施したイオンモバイルで、そこで発表された新サービスの1つが「イオンモバイルセキュリティPlus」です。近年、スマートフォンを利用している学生が、インターネット経由で犯罪に巻き込まれるなどのトラブルに遭うケースが増えています。これを防ぐため、問題となるWebサイトやアプリなどが利用できないようにするフィルタリングサービスの利用が推奨されているのですが、このフィルタリングも実はいくつかの弱点を抱えています。

  • イオンモバイルは、シニア向けの低価格な料金プラン「やさしいプランmini」に加え、SNSを安心して利用できるフィルタリングサービスなど、学生向けのサービスやキャンペーンも発表

例えば、従来のフィルタリングサービスではアプリ内のブラウザ機能の利用を制限すると、SNS経由で問題のないWebサイトにアクセスしようとしても一切閲覧できなくなってしまいます。それが子ども側の不満へとつながり、フィルタリングを外してしまうきっかけにもなっていたのです。

そうしたことから、イオンモバイルセキュリティPlusでは、SNSのブラウザ機能を利用できるようにしながらも、問題あるサイトにだけアクセスできないようにするなど、より細やかな対応ができるようになっています。従来のフィルタリングサービスの問題を解消してフィルタリングを外されないようにし、親世代に安心感を与えるというのが狙いとなっているようです。

  • 「イオンモバイルセキュリティPlus」は、アプリ内のブラウザを規制するとSNS経由でWebを見ること自体できなくなる従来のフィルタリングサービスの弱点を解消し、細かな利用シーンに対応できるのが特徴となる

AIが自画撮り被害を防ぐ大手にはない機能も

より踏み込んだサービスを提供しているのがトーンモバイルです。同社は、2月14日にスマートフォン新機種「TONE e20」を発表しましたが、それに合わせて新機能「TONEカメラ」も発表しています。

  • トーンモバイルが新たに投入した「TONE e20」。6.26インチディスプレイとトリプルカメラを搭載しながら、1万9800円と低価格で購入できる

これは、スマートフォンのカメラで撮影した写真が、裸や下着姿など不適切な内容であるかどうかを自動的に判断し、不適切とした場合は端末に写真を保存しないというもの。保護者にそうした写真を撮影したことを通知する機能も備えています。

こうした機能を搭載したのには、近年未成年の間で増加し問題になっているという、相手に要求されて裸の写真を送ってしまう「自画撮り被害」を防ぐためだといいます。写真が不適切かどうかは端末内のAIフィルターで判断する仕組みで、クラウドを使わないことから外部に一切画像などの情報を出さないなど、利用者が安心できる仕組みも徹底しています。

  • 「TONEカメラ」で裸や下着姿の写真などを撮影すると、端末内のAIフィルターが不適切な画像と判断し、端末内に保存できないようになっている

“行政の極論”を避けるうえでも必須の取り組み

しかしなぜ、こうした企業がスマートフォンを利用する子ども側ではなく、親側に向けた機能を重視しているのでしょうか。それはやはり、学生、つまり子どもが利用するスマートフォンを実際に購入・契約するのは親である、という実情があるからでしょう。

スマートフォンに“楽しさ”を求める子ども側と、いじめや犯罪に巻き込まれない“安心・安全”を求める親側とでは、ニーズにそもそも大きなギャップがあります。ですが一方で、スマートフォンに対する知識や経験は子ども側の方が圧倒的に高く、親側がその進化に追いつけてないことが多いというのも事実です。

そうした構造的な問題によって発生しがちなのが、問題が多発するのであれば携帯電話やその上で提供されるインターネットサービスを利用させないことが正しいという、極端な考え方が行政の側から出てきてしまうことです。2009年に施行された「青少年インターネット環境整備法」の施行前にも、政治家からそうした意見が多く出て議論を呼びましたし、現在香川県議会がゲームの利用時間を規制する条例案の議論を進めているのも、正直なところそうした考え方に近いものを感じさせます。

  • トーンモバイルによると、これまで増加傾向にあった10代以下のスマートフォン利用がここ最近減少傾向にあるという。その背景には、スマートフォンを経由した犯罪の増加で、親が子どものスマートフォン利用を懸念したり制限していることがあると見ている

そうした極端な考え方は、スマートフォンを提供する事業者の側のビジネスが成り立たなくなるだけにとどまらず、子ども世代のスマートフォンの有効活用が進まなくなり、IT技術に触れる機会を失わせるなどの問題を生み出すことにもつながってきます。MVNOや携帯電話会社が子どもの安心・安全に取り組むのにはそうした背景があるわけで、今後も親側の要望に配慮し、子どもがスマートフォンを安心して利用できる環境をいかに整備していくかが強く求められることになるでしょう。

著者プロフィール
佐野正弘

福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。