連載の第25回から第28回で、「指揮統制を行き渡らせる手段として通信網がある」「指揮統制や指揮管制を支援する手段としてコンピュータがある」という趣旨の話を書いた。

ということは、その通信網やコンピュータを標的にした攻撃を仕掛ければ、敵軍の指揮統制や指揮管制が正常に機能できなくなって、任務遂行に支障を来たす事態を引き起こせる可能性が高くなる。軍事作戦にサイバー戦が関わってくる最大の理由が、これである。

もちろん、それ以外にも情報活動の分野では、「秘密情報の窃取」「宣伝戦・心理戦」など、さまざまな形の攻撃が考えられる。

情報優越がもたらすメリット

もちろん、情報そのものに物理的な打撃力や破壊力はないから、情報を大量に集めても、優れた情報資料を作成しても、それ「だけ」で敵に打ち勝つことはできない。

しかし、正しい情報、適切な内容の情報資料を持っていれば、「正しい目標」に「適切な規模の戦力」を「適切なタイミング」でぶつけて、結果的に勝利につなげることができる可能性は高くなる。つまり、間接的な影響力は無視できないものがある。

たとえば、敵軍が戦力を集中してガッチリと守りを固めている場所に正面から強襲を仕掛けるよりも、敵軍が「まさか、こちらからは攻めてこないだろう」と思って手薄にしている場所から、しかも「まさかこのタイミングでは攻めてこないだろう」と思っているタイミングで不意打ちを仕掛ければ、最終的な勝利につながる可能性は高くなる。

また、敵軍の編成や装備がどんな内容なのかを事前に知っていれば、裏をかいたり弱点を突いたりといったことが可能になる。そういった事前の予備知識がないと、真正面から組み合って苦戦することになるかもしれない。

いずれにしても、ここで述べたことを実現するには、敵軍が何を考えていて、どこにどういう布陣を行っているのかを知る必要がある。まさに情報活動の領域に属する話である。

つまり、情報そのものに物理的な打撃力や破壊力はないものの、打撃力や破壊力を適切に活用して威力を発揮させるには、情報は不可欠の要素なのである。したがって、情報面で敵軍に優越することは重要だし、大きな意味がある。いわゆる「情報優越」(Information Dominance)だ。

情報戦を仕掛ける目的

ということは、敵軍が情報優越を実現できないように邪魔すれば、相対的に自軍の情報優越につながる(あるいは、少なくとも情報面でのギャップを縮める)効果を期待できる。

たとえば、第42回から第43回で取り上げた各種の情報(「○○INT」のこと)を入手できないように邪魔をする、データの収集や情報資料の配付に際して伝達経路となる通信を妨害するなどの手法はいずれも、敵軍の情報優越を阻害する効果を期待して行うものである。

さらに積極的なやり方としては、わざと贋情報をぶら下げて食いつかせることで攪乱する手法もある。人間誰しも、自分が見たいと思っている種類の情報があると、それに引きずられてしまうものだ。それを逆手にとるものである。

つまり、敵軍がいかにも食いついてきそうで、かつ事実とは反する贋情報を用意できれば、結果として敵軍の情報評価が混乱して、アウトプットとなる情報資料の質が下がる。すると、その情報資料に立脚する状況判断や意志決定の質も下がり、錯誤に陥る。そうなればしめたものである。

つまり、物理的な「弾」ではないが、情報も一種の「弾」として使うことができる。これがいわゆる情報戦(IW : Information Warfare)である。

ちなみに、情報戦は軍を相手に仕掛けるものとは限らない。敵国の一般市民を相手にしてプロパガンダ攻撃を展開することで、政府や軍に対する支持を減らして、戦争遂行のための意志をくじくのも、一種の情報戦といえる。この手の情報戦は戦時になってから勃発するものとは限らず、むしろ平時から仮想敵国に対して恒常的に、しかもそれとは分かりにくい形で仕掛けられているかもしれない点に留意したい。

情報戦の手段としてのサイバー攻撃

昔であれば、贋情報を敵軍に食わせるには物理的な方法を使用するしかなかった。書類や写真をすり替えるとか、参謀の服装をさせた死体に贋書類を持たせて敵国近くの海岸に放り出すとか、無線機を用意して贋の通信をやるとか、ハリボテの戦車や飛行機を用意するとか、砂漠を戦車が走り回っているかのように見せかける目的で扇風機を作動させるとか、とにかく具体例を挙げ始めると際限がない。

ところが最近では、別の方法が出現した。サイバー攻撃である。コンピュータとデータ通信網が、データの収集や情報資料の作成・配信において欠かせないインフラになっているのであれば、そのインフラに侵入すれば、情報のすり替えや書き換え、あるいは窃取が可能になってしまう。

そこまで行かなくても、通信を阻害するだけで、いわば「神経線が絶たれた」状態になってしまうわけだから、敵軍にとっては情報優越の阻害につながる効果があると考えられる。

サイバー攻撃というと、電気や水道が止まるとか、飛行機が落とされるとかいった話ばかりが喧伝される傾向がある。しかし、そうした攻撃は「軍事作戦を有利に進めるための支援手段として、どの程度の効果を見込めるか」という観点から見ると、いささか不明瞭である。

サイバー攻撃に限ったことではないが、効果がハッキリしない攻撃手段は戦略的にも戦術的にも使いづらい。「これをやれば、こういう効果が見込めます」というのがハッキリしているのが、使いやすい攻撃手段である。

となるとむしろ、軍の情報通信インフラを標的として仕掛けるサイバー攻撃の方が、効果がハッキリ見える形で出やすいことから、より蓋然性が高いといえるかもしれない。それだからこそ日本の自衛隊や防衛省でも、あるいは他国の軍や国防省でも、自分達が使用するネットワークやコンピュータを防護するための組織を立ち上げたり、あるいは立ち上げようとしたりしているのである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。