当節、設計・製作に際してITとまったく無縁な工業製品というものはあまりないと思われるが、艦艇も例外ではなく、設計・建造に際してはITが大活躍している。

設計にCAD(Computer Aided Design)を使うとか、サプライチェーン管理をシステム化するとかいうだけの話ではない。

ステルス設計にはコンピュータ・シミュレーションが不可欠

例えば、近年のトレンドになっているステルス設計がある。

艦艇のステルス設計でもっとも重視されるのは、水平方向、ないしはそれに近い角度で入射するレーダー電波への対処だが、これは艦艇のステルス化を図る大きな動機として「対艦ミサイルへの対処」があるからだ。対艦ミサイルの多くは低空で侵入してくるし、終末誘導にレーダーを使用するので、そのレーダーによる探知をいくらかでも困難にできれば、それだけ対艦ミサイルの直撃を避けられる可能性が高くなるという理屈だ。

ステルス化の要諦は「レーダー電波の反射方向局限」「その反射方向を発信源以外の向きにする」「レーダー電波の反射抑制」の三点だが、それが実際に能書き通りに機能しているかどうかを検証するにはどうするか。

海上自衛隊の「はやぶさ」型ミサイル艇。正面から見ると、上部構造側面の角度がすべて揃っているだけでなく、上に生えたアンテナまで傾けてあるのが分かる

これが飛行機だったら、実物大、あるいは縮小模型を支柱に載せて、実際にレーダーで電波を照射して試してみるところだが、艦艇のようなデカブツになると、同じ方法は使いづらい。そこでコンピュータによるシミュレーションを多用する。

艦の形状が分かれば、そこにレーダー電波が当たったときにどのように反射するかは計算できる。B-2爆撃機みたいな曲面形状だと計算が複雑になって大変だが、艦艇の場合には平面の部分が多いので、そういう意味ではまだマシかもしれない。ただし、モノが大きいし、完全な平面ではなくハッチや手摺、各種アンテナなどが突出していて案外と凸凹しているから、やはり簡単な仕事とはいえない。

それでも、事前にレーダー反射に関する検証を済ませておかなければ、実艦の建造にかかることができないから、コンピュータ・シミュレーションを活用せざるを得ない。すると、ステルス設計のノウハウがあるかどうかという話だけでなく、レーダー電波の反射計算という特殊な用途に対応できるソフトウェアの有無が問題になる。

同じ「はやぶさ」型ミサイル艇の上部構造側面に取り付けられた手摺。菱形断面になっているのは、側方からのレーダー電波を上下に逸らして、元の方向に戻さないようにするため

CADとNC工作機械の活用

もちろん、実際に設計作業にかかればCADを活用することになるし、そこでまとまったデータを工作機械に送り込んで自動的に加工する作業も発生する。

昔なら鋼材をガス切断して所要のサイズ・形状に加工していたが、近年ではレーザー切断装置を使って自動的に鋼材を切り出す造船所が多くなった。いちいち現図場で型枠を作って鋼材を切り出す方法では時間も手間もかかってしまうから、設計図からデータを直に受け取って切り出しを行うレーザー切断の方が効率的なのは確かだ。

近年、造船所の仕事に穴が空かないように、一隻の艦をわざと複数の造船所に分けて発注することがある。別々の造船所で造った船殼ブロックを最終組立担当の造船所に持ち込んで接合するのだが、そうなれば、図面はもちろんのこと、それに基づいて製作した現物も、異なる造船所の間で整合性がとれていなければならない。

いざブロックを接合しようとしたら寸法が合いませんでした、なんていうことになったら一大事だ。近年では配線・配管の先行艤装を行うことがあるので、そちらの位置や配置も合っていなければならない。しかも艦船のようなデカブツでは、温度による伸縮も考慮に入れなければならない。

このほか、艦内の空間設計や機器配置を検討する場面では、CADを使って3次元の空間設計を行い、配置する機器による空間の取り合いを検討する。こうすれば、モノが完成してから「機材が入りませんでした」なんていうことが起こらないし、二次元の図面で検討するよりも見落としが少なくなりそうだ。

このように、設計・建造に際してコンピュータを活用する事例はひきもきらないのだが、一方で、「やはり画面上の作業だけではダメ」ということもある。その一例が艦橋の設計で、今でも実艦と同じサイズの模型、いわゆるモックアップを木で造り、そこで機器配置や窓配置などを検討することがある。

機器配置は使いやすさや動線に影響するし、窓配置は視界の良し悪しに影響する。こういう話になると、やはりCADの画面を見るだけではダメで、実物と同じサイズ・配置・形状のモノを造って「ああでもない、こうでもない」とやらないと、納得のいく結果は出ないものなのかもしれない。

潜水艦の静粛化とNC工作機械

ある程度、年齢層の高い読者の方なら、「東芝機械事件」を覚えておられるかもしれない。東芝機械の工作機械をソ連に輸出した結果、それが潜水艦のスクリューを加工する場面で使われて、静粛性の向上に貢献してしまった、ということになっている事件のことである。

件の工作機械によって、実際にソ連の原潜がどの程度静粛化されたかはともかく、潜水艦のスクリュー形状が静粛性に影響するのは事実だ。だから海上自衛隊のように、スクリューが露出する場面ではカバーで覆ってしまい、どんな形なのか窺い知れないようにしている場合もある。

もっとも、国によってはスクリューがモロ出しになっているケースもあり、ところ変われば考え方も違うと思わされる。ともあれ、形が見えるようにしていてもいなくても、スクリューの形状が騒音の発生に大きく影響するのは事実だ。

そうなると、図面の上で「騒音が出ないスクリュー」を設計することもさることながら、それを図面通りに製作する能力も必要になる。もともと、艦船で使用するスクリューは鋳造品が多いのだが、潜水艦で使用するスクリューは複雑な形状をしていて、しかもそれを精確に作らなければならない。そうなると、鋳造では荷が重いようだ。

そこでまたもや、コンピュータ制御の工作機械が重要な位置を占めることになるのは自明の理である。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。