もともと「弾道ミサイル防衛」(BMD : Ballistic Missile Defense)からスタートした経緯もあってか、ミサイル防衛というと弾道ミサイルが真っ先に想起される傾向がある。もっとも最近は、そこに極超音速飛翔体の話が加わっているが。しかし、もうひとつのターゲット、巡航ミサイルの話も無視はできない。

巡航ミサイルの定義

巡航ミサイル。英語ではcruise missileという。弾体に主翼が生えていて、固定翼機と同様に飛行する。実際、草創期の巡航ミサイルは「人が乗っていない飛行機」といった風体であり、高い高度を飛翔していた。しかし、有人機と違って自衛手段はない上に回避機動もとれないから、簡単に迎撃されてしまう。

そこで、この手のミサイルは廃れてしまったが、技術の進歩によって1970年代の後半から復権した。ただし草創期の巡航ミサイルとは別物である。

まず、弾体が小さくなった。有名なトマホークは潜水艦の魚雷発射管から撃てるように、魚雷と同じサイズにまとめられている。直径518mm(魚雷発射管の内径は533mmだが カプセルに入れて装填するので、その厚みの分だけ細い)、全長は6.25m。

  • 南カリフォルニアの海軍航空システムコマンド(NAVAIR)西部テストレンジ複合施設で制御飛行テストを実施しているTomahawk Block IV 写真:US Navy

そして、慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)によって自律的に飛行するだけでなく、途中に複数の経由点(ウェイポイント)を設定して、針路変換ができる。さらに、眼下の地形や目標の映像を参照しながら飛行することで測位精度を高めて、高い命中精度を実現した。

これを迎え撃つ立場からすると、厄介な問題がある。1970年代以降の巡航ミサイルは、同世代の対艦ミサイルと同様に、飛翔高度が低い。飛翔高度が低いということは、対空捜索レーダーの覆域に入るタイミングがそれだけ遅いということである。

しかも、トマホークのように眼下の地形を参照しながら精確に、しかも針路を変換しながら飛べるということは、山間を縫いながら飛ぶようなコースどりができるということでもある。これもまた、レーダー探知を困難にする要素になる。

近年、超音速飛行を行う巡航ミサイルも出てきているが、こちらは亜音速で飛行するものと比較すると飛翔高度が高い。その分だけ早く探知できる可能性が高まるが、飛翔速度が速いから時間的余裕は減る。

さらに両者の「いいとこ取り」をしようということで、低空を亜音速で飛行するが、最後に先端部を切り離して、それが加速して超音速で突っ込んでくる、なんていうミサイルがロシアで登場している。

時間の猶予を稼ぐにはどうするか

レーダー・アンテナの高さと目標の飛行高度がわかれば、探知可能距離の上限は計算できる。さらに探知目標の飛翔速度がわかれば、探知可能な範囲に入ってから着弾するまでの時間も計算できる。仮にレーダー・アンテナの設置高を10mとして、いくつか具体例を出してみよう。

まず、ミサイルの飛翔速度が900km/hの場合。飛行高度が10mなら、探知から着弾までの所要時間は103.1秒。飛行高度が10倍の100mなら、探知から着弾までの所要時間は214.5秒と2倍以上になる。

次に、ミサイルの飛翔速度が2,500km/hの場合。飛行高度100mで計算すると、探知から着弾までの所要時間は77.2秒。飛行高度を20mに下げると、この数字は44.8秒に減ってしまう。

こうしてみると、巡航ミサイル防衛のポイントは、飛来するミサイルをできるだけ遠方で探知して、時間的余裕を稼ぐ点にあるといえる。地上あるいは艦上に設置したレーダーでは設置高の関係で覆域が限られる上に、そこに敵ミサイルが飛び込んできてからの時間的余裕がなさ過ぎる。相手が超音速飛行をしていればなおさらだ。

また、陸上では先にも述べたように、ミサイルが地形に紛れて飛んで来る問題も加わる。地上あるいは艦上に設置したレーダーでは、この課題には対処しがたい。相手が谷間から出てこないことには探知ができない。

すると解決策は、レーダー・アンテナの設置位置を高くする方法になる。真っ先に思いつくのは早期警戒機だが、限られたエリアだけを対象にすれば良い艦隊防空ならまだしも、広い陸地の防衛では手駒が足りない。

そこで、気球や飛行船に下方監視用のレーダーを搭載して浮かべておけば、という発想が出てきた。その一例が、アメリカのJLENS(Joint Land Attack Cruise Missile Defense Elevated Netted Sensor)計画。その名の通り、「対地攻撃用巡航ミサイルを探知するために、高所に上げたセンサーをネットワーク化する」というものだ。

  • 米国メリーランド州の試験場で撮影されたJLENSの2番目の飛行船。内部に監視レーダーを搭載している 写真:US Army

幸い、地面や海面を背景にしていても、地面や海面からの反射(クラッター)を無視して、その上を飛ぶ飛行物体だけをより分けて探知する技術がある。すると、こういう発想が現実的なものになる。

ところが、JLENS以外にも似たようなアイデアがいろいろ出ては来たが、これまでのところ、実戦配備した事例は局地的なものに限られている。国土全体をカバーするような大規模システムは出てきていないようだ。

ことにアメリカやロシアみたいに国土が広いと、全土をカバーできる防空網の構築にはべらぼうな費用がかかる。もっとも、国土全体をカバーしようとするから大変なので、重要拠点があるエリアだけをカバーする局地的なシステムであれば、まだしも実現可能性はあるかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。