今回は前回の続きで、軍事で仮想現実(VR : Virtual Reality)を活用している事例を紹介してみる。前回にも述べたように、VRがモノをいうのは「リアルな訓練環境を作り出せる」というところにあるので、軍事分野では訓練における活用が主体になっている。

射撃訓練にVR

前回、操艦訓練のシミュレータにVRを使う話を取り上げた。操艦訓練ができるぐらいだから、戦闘訓練に使うのもアリではないか。ということで、メギット・トレーニング・システムズ社が開発したのが、VRを利用する小火器射撃訓練機材・FATS100e。ローンチを発表したのは2015年11月のことで、既存製品FATS100の改良型だという。

スペインのインドラ社も同じことを考えたようで、VRを利用する射撃訓練用シミュレータ、iVictrixを2019年5月に発表した。こちらも、以前からある射撃訓練用シミュレータの改良に際してVRを取り入れたものだ。

VRの場合、兵士の目の前の “戦場” や “敵” は、コンピュータが作り出した位置・動きの情報に基づいて、スクリーンやVRゴーグルに映像として現れる。それを見た兵士は、持っている訓練用の模擬銃を ”敵” の方に向けて撃つわけだ。どちらに向けて何発撃ったかがわかれば、それとコンピュータが作り出した仮想環境内の “敵” の位置情報などを加味して、命中判定ができる。

FATS100eでは、訓練を受ける兵士は、前方のスクリーンに映像として投影される “敵” に向けて撃つ。一方、iVictrixではVRゴーグルを併用する。もちろん実弾を撃つわけではなくて、本物と同じつくりの模擬銃を使う。

ちなみに、メギットは各種訓練機材や標的機を手掛けているメーカーで、本拠地はイギリス。一方、インドラはさまざまな軍用電子機器やシミュレータを手掛けているメーカーで、本拠地はスペインだ。

VRを利用することで、単なる映像よりも距離感などの面でリアリティが高い訓練環境を実現できる、ということになるのだろうか。そして、実際に野外の演習場に出る必要はなく、屋内で訓練ができる。ただ、そうすると、起伏のある地形を走ったり伏せたりする訓練は再現しづらい。あくまで、射撃そのものにフォーカスした訓練ということになりそうだ。

  • 米空軍が韓国の群山基地に配備した、MILO(Multiple Interactive Learning Objectives)という射撃訓練システム。基地警備部隊の訓練に使用するもので、これもVRを活用しているという 写真 : USAF

    米空軍が韓国の群山基地に配備した、MILO(Multiple Interactive Learning Objectives)という射撃訓練システム。基地警備部隊の訓練に使用するもので、これもVRを活用しているという 写真 : USAF

整備訓練にVR

米海軍には、各種の訓練システムを所掌する、海軍航空戦センター・訓練システム部門(NAWC-TSD : Naval Air Warfare Center Training Systems Division)という組織がある。このNAWC-TSDが、MQ-4Cトライトン無人哨戒機を担当する部門(PMA-262)の監督下でプロアクティブ・テクノロジーズという会社と組んで開発したのが、そのMQ-4C用の整備員訓練機材。

  • グアム島のアンダーセン空軍基地に展開したMQ-4Cトライトン。名前と外観でおわかりの通り、RQ-4グローバルホークの派生型 写真 : US Navy

    グアム島のアンダーセン空軍基地に展開したMQ-4Cトライトン。名前と外観でおわかりの通り、RQ-4グローバルホークの派生型 写真 : US Navy

普通、整備員の訓練というと実機あるいはモックアップを使うものだが、実機を訓練のために占有すると任務の妨げになるし、そもそも不経済だ。だからモックアップが出てくるのだが、形やサイズを本物そっくりにすることはできても、動きまで再現するのは難しい。それが完全にできるモックアップとなると、それはもはや実機である。

そこでVR技術のお出ましとなった。それがMRTS 3D(Multi-Purpose Reconfigurable Training System)で、MQ-4C向けの施設をカリフォルニア州のポイントマグー基地に据え付けて稼働を始めたのは2019年半ばのこと。航空機整備以外の分野でも活用しているようで、以下のリンク先にある動画では潜水艦の魚雷発射管室が出てきている。

MRTS 3D | NAWCTSD
https://www.navair.navy.mil/nawctsd/media/746

VR環境の利点として、MRTS 3Dの名前にもあるように、”Reconfigurable“、つまり構成変更が容易にできる点が挙げられる。もしも将来、実機の仕様が変わるようなことがあっても、モックアップみたいに物理的なモノを作り直す必要はない。VRモデルを作り直すだけで済む。

また、訓練生の視線や手の動きを追跡・記録することができるから、訓練の後でデブリーフィングを行う際に、具体的な記録を見せて「ここが良くない」「これは良かった」と指摘できる利点もある。

この手のVRを利用した整備訓練事例としては、サフラン・エアクラフト・エンジンズ(旧SNECMA)が2019年12月に開設した、M88エンジンの整備訓練施設もある。M88はダッソー・ラファール戦闘機のエンジンで、設置場所は仏空軍の試験・評価拠点である同国南部のイストル基地。

また、軍用ではなく民間向けだが、ロールス・ロイスも、ビジネスジェット用の同社製エンジンを対象とする整備士の教育訓練に際してVRを活用する、と発表している。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。