前回の記事を掲載した後、読者の方から、双曲線航法システムで使用する電波の周波数帯選定に関わる要因について御教示をいただいた。そこで今回は予定を変更して、そちらの話を取り上げることにしたい。

なぜ周波数が低い電波を使用するのか

地上に設置した無線局から出す電波を利用する、いわゆる双曲線航法は3種類あるが、いずれも使用する電波の周波数が低い。繰り返しになるが、改めて書いておく。

  • LORAN (Long Range Navigation) : ロランAは1,750~1,950kHz(中波)、ロランCは100kHz(長波)
  • デッカ : 70~130kHz(長波)
  • オメガ : 10.2~13.6kHz(極超長波)

こうした低い周波数を使用する理由の1つは、前回にも書いた遠達性にある。周波数が高い電波は減衰しやすいから遠達性に劣るが、周波数が低ければ逆になる。

ところが、もう1つの理由として電波の伝搬経路もある、との御教示をいただいた次第。

電離層については、過去に何回か触れたことがある。短波(HF : High Frequency)の場合、その電離層と地面や海面の間で電波がジグザグに反射することで遠方まで伝搬する。それを利用して、遠距離の無線通信を実現している。

ところが、双曲線航法では事情が異なり、電離層による反射波は具合が良くない。なぜかというと、電離層で位相のずれが発生するため、そこで反射した電波を受けると位相が安定しなくなるからだ。

また、電離層反射を利用するということは、伝播の伝搬経路がジグザグになるということだから、場所によって電波強度の粗密が出やすくなる可能性も考えられる。しかも電離層の状態は昼夜や季節によって変動するので、それによって電離層反射による伝搬の状況が変わってしまう。

また、受信機の場所によっては、電離層で反射した電波と、地表・海面に沿って回り込んできた電波の双方を受信して、いわゆるマルチパスの問題が起きることもある。

超長波と長波の伝搬は反射によらない

ところが、長波や極超長波を使用すると、伝搬の仕方が変わるため、こうした問題を避けられる。

具体的にいうと、地面や海面と、上空の電離層(D層)で構成する同心球の間を、地球表面の湾曲に沿って伝搬していく。これは、マイクロ波が導波管の中を通って伝搬するのと同じ考え方。

すると、電離層で反射してジグザグに伝搬する場合と異なり、位相のずれやマルチパスといった問題を避けられる。これが、双曲線航法システムで長波や超長波を使用する理由だという。

一般に、電波は真っ直ぐ進むものだという認識があるし、周波数が上がっていけば、その傾向は明瞭に出てくる。ところが、周波数が低い電波は地表に沿って水平線の向こう側まで回り込んでくれるというのが、ちょっと面白い。

さらに面白いのは、伝搬の過程で地球の磁場(磁界)による影響を受けること。

御存じの通り、地球は南北を磁極とする巨大な磁石である。ただし、北極側がS極、南極側がN極というのがややこしい。そして、磁力線はふたつの磁極の間を走り、大雑把には南北方向になる。

すると、東西方向に飛ばす電波は磁力線を横切るが、南北方向に飛ばす電波は磁力線と近い向きになる。その関係で、超長波の東西方向の伝搬は磁力線の影響を受けるが、南北方向の伝搬は磁力線の影響を受けないという。

こうした諸々のファクターによって決定される電波の伝搬特性により、無線を使用する双曲線航法システムを利用できるエリアが決まってくる。全世界をカバーしようとした場合、その電波の伝搬特性を考慮に入れて、送信機の設置場所を決めなければならない。

もちろん、技術的に「ここが適地だ」となっても、実際にそこで用地を確保してアンテナを立てられなければ、話は始まらない。

ロランAの後でロランCが出てきた背景には、精度の改善だけでなく、広い地域で利用できるように、という動機があったという。実際、有効距離の上限はロランAで700海里(日中)~1,400海里(夜間)、ロランCで1,400~2,300海里という違いがある(1海里=1.852km)。ちなみに、ロランAは船舶向けだが、ロランCは船舶・航空向けとされている。

これが1970年代から使われるようになったオメガになると、なんと電波の到達距離は10,000kmに達するという。電波の到達距離が長くなれば、必要とする送信機の数は少なくできる。オメガは8カ所の送信局で全世界をカバーしていたが、そのうちの1つが日本の対馬だった。

逆に有効距離の上限が短いのがデッカで、350海里しかない。

  • 双曲線航法による電波標識の精度を点検する目的で建造された航路標識測定船「つしま」 写真:海上保安庁

ソ連の無線航法システム

オメガの運用主体はアメリカだった。だから、オメガの送信局はすべて、いわゆる西側諸国に置かれていた。アメリカが運用に関わっていたのはロランCも同様だから、こちらの送信局も事情は変わらない。

しかし、今みたいに衛星ベースの高精度な測位・航法システムが登場する前には、他国でも同様のシステムを必要としていたことに変わりはない。

そこでソ連でも、ロランCと同種の「チャイカ」という双曲線航法システムを開発・配備していたという。使用する周波数までロランCと同じで、100kHzの長波。カバーすべき国土が東西に長く、広いため、西部、東部などといった地域別にそれぞれ複数の送信局を配備していて、合計23ヶ所の送信局があったそうだ。

また、オメガと同種のシステムとして「アルファ」があり、位相差によって測位を行う仕掛け。周波数は3種類で、F1が11.904761 kHz、F2が12.648809 kHz、F3が14.880952 kHz。送信局は5ヶ所。

そして、だだっ広い国土の上空をカバーする迎撃戦闘機、例えばMiG-31フォックスハウンドが、こうした無線航法システムの受信機を搭載して、迷子にならないようにしていた。今ならGLONASS(Global Orbiting Navigation Satellite System)を利用できるのだが。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。