大気中、あるいは宇宙空間を電波が伝搬する際、ただ単純に真っ直ぐ飛んでいく……とは限らない。比較的シンプルそうに見える電波でもそんな調子だが、海中の音波の伝搬はさらに複雑怪奇である。だから、ソナーのオペレーションは簡単な仕事ではない。

音波の伝搬に影響する要因と水測予察

水中でソナーのような音響センサーを使用する場合、注意しなければならない点がある。それが水測状況だ。

音波が真っ直ぐに進むとは限らないので、パッシブ・ソナーが何かの音を聴知した時、その音が入ってきた方向がすなわち音源の方向、とは限らない。アクティブ・ソナーにしても、音波が真っ直ぐ進まなければ、意図しているのとは異なる方位にいる目標を探知してしまう可能性がある。

音響の伝搬に影響を及ぼす要因としては、まず塩分濃度が挙げられる。外洋と、陸地に近いところで大きな河川の河口がある場所では、当然ながら塩分濃度には違いが生じる。海水と淡水が入り乱れていれば、さらにややこしいことになる。

また、水温も影響する。単に水温の高低だけの話ではない。よく知られているように、状況によってはサンドイッチのように温度層ができることがあるが、これもソナー探知の妨げになる。ソナーと探知対象が異なる温度層にいると、音波が温度層の境界で反射してしまって探知が困難になる。

そうした、ソナーの動作に影響する各種要因をひっくるめて「水測状況」と呼ぶ。

一般的な傾向として、沿岸部は外洋と比べると水測状況が複雑で、ソナー探知が難しくなる傾向がある。おまけに、船舶が多いからバックグラウンド・ノイズが増える。外洋・沿岸に関係なく起きる問題としては悪天候があり、台風などが来襲して海が荒れれば、これもソナーに影響する。

そうしたさまざまな条件を取り込んで、海中における音響の伝播状況を予測するのが、いわゆる水測予察技術である。それを実現するには、音響の伝播速度や伝播特性がどうなるかを、水温や塩分濃度などといった項目ごとに調べておく必要がある。これが予察の基礎データになる。

一方、実際にソナーを使用する現場については、第203回で取り上げた海洋観測艦をはじめとする各種の資産を駆使して、平素からデータを収集・蓄積しておく。また、哨戒機も水上艦も潜水艦も、海中に温度計を降ろしたり投下したりして、深度ごとの水温の変化をその場で調査する。

哨戒機の場合、ソノブイと同じサイズ・形状を持つ温度計があって、これを投下すると水温計を海中に降ろしてくれる仕組みになっている。以下のWebサイトの下の方に載っている「AN/SSQ-36B BT」がそれだ。AN/SSQ-36Bは深度2,625フィート(約800メートル)まで水温計を降ろせる。

参考 : All Products from Sonobuoy TechSystems http://www.sonobuoytechsystems.com/products/

コンピュータでシミュレートするための数学的モデルを作り、そこに基礎データと現場のデータを投入することで、コンピュータによる水測予察が可能になる。コンピュータは何もデータがないところからあてずっぽうで計算できるわけではない。だから、計算の際に立脚するべきデータと、計算の方法を指示してやらなければ仕事ができない。

水測予察技術によって、実際の状況に近い音響伝播予測データを得ることができれば、対潜艦や潜水艦が現時点で直面している海洋におけるソナーの探知能力を予測可能だ。探知する側だけでなく、探知される側(つまり潜水艦)にとっても、「どこにいれば見つかりにくい」「どこにいると見つかりやすい」を知る材料は必要だから、やはり水測予察技術は重要である。

前述したような事情から、広い外洋と比べると、浅海面・沿岸域のほうが予測が難しくなるのは、致し方ない。

ソナーの音響処理

水測予察は「音波がどう伝搬するか」という話だが、その音波そのものについても、コンピュータ処理が行われるようになってきている。

パッシブ・ソナーの基本は生の音を聞いて内容を判断することだが、バックグラウンド・ノイズが多いと、肝心の探知目標の音がよく聞こえない、なんていうことも起きる。そこでコンピュータを援用して、余計なノイズを消したり、音の特性を解析したりする。

そして近年では通信と同様に、デジタル化の流れがある。つまり、入ってきた音響に対して量子化・符号化を行い、デジタル・データにしたものをコンピュータで処理する。

コンピュータはデジタル化したデータでなければ扱えないから、まず量子化・符号化が必要になる。いったんそれを実現できれば、ソフトウェアで分析や比較などの処理を行えるようになり、人間の耳と頭脳だけでは行えない、あるいは熟練を要する機能を実現できると期待できる。もちろん、量子化の際の周波数やビット数が多くなるほど、データ量が増える代わりに再現性が高くなる。

ただし、ソフトウェアの開発には相応の手間がかかるし、ベースとなるノウハウやデータの蓄積が必要となるのはいうまでもない。コンピュータは、ソフトウェアによって指示された通りの仕事しかできない。

一方、アクティブ・ソナーの分野では、合成開口ソナー(SAS : Synthetic Aperture Sonar)技術を適用する事例が出てきた。これはたとえば、海底の機雷や障害物などを調べるためにソナー映像を得る場面で用いる。SASといっても「南方衆星楽隊」や「特殊空挺部隊」とは関係ない。

SASの基本的な考え方は、合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)と似ている。SARでは、レーダーを搭載するプラットフォームの移動とドップラー偏位を利用することで、実際よりも大きなレーダー開口があるのと同様の状態を作り出して、高解像度のレーダー映像を得ている。

同じ理屈をアクティブ・ソナーに応用して、高解像度のソナー映像を得ようというわけだ。もちろん、ソナーが移動していなければ合成開口処理は成立しない。また、水中における音波の伝搬は大気中でレーダーを使用するときよりも複雑だから、その分だけ処理アルゴリズムの開発・熟成は難しいと思われる。

SASの製品例としては、以下のものがある。

  • AquaPix InSAS (クラケン・ソナー・システムズ社)
  • SAS Vision 600(アトラス・エレクトロニク社)
  • T-SAS(タレス社)

AquaPix INSAS2 system Photo:Kraken Sonar

AquaPix InSASをスウェーデンのサーブ社が評価試験に供した時は、200メートルの距離で5インチ(約127mm)の解像度を得ることができたそうだ。T-SASは機雷探知用で、曳航式の航走体に合成開口ソナーを組み込んだ構成。解像度は5cm×3.5cm、探知可能距離は150m、速力11ノット、深度200mまで対応できるという。