前回は、F-35ライトニングII戦闘機における基本的な考え方である「先制発見・先制攻撃」と、それを支えるための状況認識の概要について取り上げた。今回はその続きで、F-35ライトニングIIの「眼」となるセンサー群について取り上げていくことにしよう。

まずはレーダーの話から

昔は、捜索や射撃管制に使用する目的でレーダーを搭載した戦闘機のことを、わざわざ「全天候戦闘機」と称して、パイロットの目玉に頼って戦闘を行う「昼間戦闘機」と区別していた。しかし現在では、一部の例外を除いてレーダーを装備しているのが当たり前になったから、わざわざ「全天候戦闘機」といって区別する意味合いは薄れている。

そしてF-35では、ノースロップ・グラマン社製のAN/APG-81レーダーを備えている。最近の傾向に沿って、アクティブ式のフェーズド・アレイ・レーダー、いわゆるAESA (Active Electronically Scanned Array)レーダーになっている。

レーダーというと、アンテナがぐるぐる回っている様子を連想することが多いだろう。これは、アンテナが電波を送受信できる向きに限りがあるため、全周をカバーするにはアンテナをぐるぐる回す必要があるからだ。戦闘機の場合には全周をカバーするには至らないものの、上下・左右に機械的に首を振るから、基本的な考え方は同じである。

ところがAESAレーダーの場合、アンテナは平面の固定式である。実は、この平面の中に多数の小型送受信モジュール組み込んであるのだ。ひとつのモジュールの出力は大きいものではないが、多数のモジュールを同時に作動させることで、それなりの出力を持った合成波を生成できる。

そして、個々の送受信モジュールごとに発信のタイミング(位相)をずらすことで、生成する合成波の進行方向を変えることができる。つまり、固定式の平面アンテナであっても電気的に「首を振る」ことで、機械走査式のレーダーと同様に広い視界を確保しているわけだ。

また、可動部分がなくなるので信頼性が向上するほか、一部の送受信モジュールが使えなくなっても、残るモジュールで(能力は落ちるものの)動作を継続できる余力もある。

ステルス性とレーダー探知の兼ね合い

ただし、F-35はステルス機である。せっかくレーダー反射を低減して敵のレーダーによる探知を避けるようにしても、自分がレーダー電波を出したのでは「闇夜に提灯」、敵機のレーダー警報受信機(RWR : Radar Warning Receiver)に探知されてしまう。それを避ける方法は二種類ある。

ひとつは、自機のレーダーを使用する場面を局限して、他の手段によって敵情を得ることである。たとえば、早期警戒機(AEW : Airborne Early Warning)や空中警戒管制機(AWACS : Airborne Warning And Control System)機を随伴させて、そちらのレーダーに探知を任せてしまい、探知結果を受け取る方法がある。この辺の話は、次回に詳しく取り上げることにしよう。

もうひとつの方法は、逆探知されにくいレーダーを作ることである。「そんなことできるのか」と思われそうだが、可能である。それがLPI(Low Probability of Intercept)レーダーと呼ばれるものだ。具体的にいうと、スペクトラム拡散通信技術を利用している。

たとえば、IEEE802.11無線LANで使用している直接拡散(DSSS : Direct Sequence Spread Spectrum)というスペクトラム拡散通信技術がある。これを利用して、レーダーが発信する際に拡散符号を乗じて、広い周波数範囲に拡散したシグナルを送信する。それの反射波が戻ってきたときには、送信したときと同じ拡散符号を使って元のシグナルを復元する。

これがなぜLPIになるかというと、特定の狭い周波数帯に的を絞って聞き耳を立てているRWRは、拡散によって「薄められた」シグナルしか受信できないから、結果として逆探知が難しくなる理屈である。

空対地攻撃用の眼・EOTS

F-35はマルチロール・ファイター、つまり空対空だけでなく空対地・空対艦など、多様な任務に対応する戦闘機である。そのため、空対地兵装のためのセンサーも必要になる。

AN/APG-81レーダーには合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)モードがあり、地表のレーダー映像を得ることができる。SAR自体はリモートセンシング衛星でも使用しているテクノロジーだから、なにも軍用機の専売特許というわけではない。

しかし、SARは地表の状況を知る役には立つが、目標指示には使えない。そこで、さらに機首下面にEOTS(Electro Optical Targeting System)を搭載している。これは、赤外線センサー・光学センサー・レーザー目標指示器を組み合わせた機器で、センサーが捕捉した映像は、例のコックピットの大画面タッチスクリーン式ディスプレイに表示する。

名古屋で開催した「国際航空宇宙展2012」で展示していた、EOTSの模型。実際には機首底面に取り付けるので、向きは逆さになる(筆者撮影)

実はこのディスプレイ、表示する内容は固定的に決まっているわけではないので、彼我の位置関係を示した戦術状況表示を大きく扱うことも、EOTSが捕捉したセンサー映像を表示することも、機内兵器倉や翼下ハードポイントに搭載した兵装の状況表示に使用することも、機体の飛行関連情報を表示することもできる。画面を分割して、さまざまな情報を同時に表示することもできるし、どの情報を大きく扱うかも選択できる。

コックピットのディスプレイで、右側にEOTSの映像を表示した例。火を噴いて墜落しているのはMiG-29ファルクラムか?(筆者撮影)

と、それはそれとして。EOTSのセンサー映像で捕捉した目標に対してレーザー照射を指示すると、そのレーザーの反射波をたどって誘導されるレーザー誘導爆弾の投下が可能である。また、GPS(Global Positioning System)で自機の位置を正確に把握していれば、EOTSを使って得た目標の方位・距離情報を加味する形で、目標の緯度・経度を間接的に算出できる。その情報を兵装に入力すれば、GPS誘導兵装の投下も可能である。

ちなみに、前回に取り上げたコックピット・シミュレータの記者説明会に際して、筆者も実際に乗り込んで操縦させてもらった。そして、他の取材陣が「空中戦をやりたい」とか「空母から発進したい」とかいったリクエストを出していたのに、筆者はへそ曲がりにも(?)「空対地攻撃をやりたい」とリクエストした。

そして、ディスプレイに「EOTSが捕捉した地対空ミサイル発射器」の映像が現れたところで、そのミサイル発射器に十字の照準線を合わせてロックオン、さらに兵装投下ボタンを押して、GPS誘導爆弾でミサイル発射器を吹っ飛ばす場面を経験したのであった。

EOTSのセンサーを下に向ければ、こんな表示も可能である。どこかの飛行場の滑走路のようだ(筆者撮影)

もちろん、報道陣向けのデモだから意図的に簡単にしていた部分もあるだろうし、実戦がそんな簡単にいくわけでもなかろう。とはいえ、パイロットのワークロードをできるだけ減らし、状況認識能力を高めて、戦術の組み立てと実行に専念できるように工夫しているのだな、ということの一端を伺い知ることはできたと思っている。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。