時事ネタで、弾道ミサイル監視・追尾の話を2回取り上げたところで、アンテナの話に戻る。第184回でさまざまな通信用アンテナを紹介したが、潜水艦の通信だけは事情が特殊なので、独立して取り上げることにした。

水中に透過する電波

潜水艦の住処は海中である。そして一般的に、電波は水中に透過しない。だから潜水艦が使用する主なセンサーは、レーダーではなく、音波を使用するソナー(SONAR : SOund NAvigation Ranging)である。

しかし実際には、周波数が極めて低い電波であれば、ある程度は海中に透過する。それを使えば、潜航中の潜水艦でも無線通信ができる理屈である。そこで登場するのは主として、VLF(Very Low Frequency/超長波。周波数3kHz~30kHz、波長10~100km)、あるいはELF(Extremely Low Frequency/極超長波、周波数3KHz以下、波長100km超)である。

ちなみに、VLFは通信だけでなく、双曲線航法の一種であるオメガでも使われていた。電波が海中に透過するから、潜水艦でも電波を受信して航法に利用できる利点がある。それはそれとして。

しつこいようだが、周波数が低くなれば空中線(アンテナ)は大型化する。だから、VLFやELFで使用するアンテナは必然的に大掛かりなものになり、広い敷地に巨大なアンテナを設置しなければならない。

では、潜水艦のほうはどうするかというと、セイル(艦の上部に突き出た構造物で、潜望鏡やアンテナなどの各種マストを覆っている)から後方に向けてアンテナ線を引っ張りながら低速航行して待ち受ける。もちろん、全力航行する際にはアンテナ線は巻き取って収容する。

VLFにしろELFにしろ、陸上の送信所から潜水艦に向けて、一方通行の通信を送るだけである。伝送能力に乏しく、長文を送るのが現実的ではないことと、潜水艦から陸上に向けて送信することができない事情による。

だから、弾道ミサイル原潜に対して核戦争勃発時に発射の指令を送る、あるいは長文の通信を行うために潜望鏡深度まで浮上するよう呼び出しをかける、といった具合に、短文で用が足りる用途がVLFやELFの出番となる。後者の場合、潜望鏡深度まで浮上したら海面上にアンテナを突き出して、所要の通信を行う流れとなる。

ちなみに、VLFやELFに加えて、特定の波長のレーザー光も海中に透過する。具体的にいうと青緑色レーザーがそれで、これを利用して海中の機雷を捜索するAN/AES-1 ALMDS(Airborne Laser Mine Detection System)というシステムができた。ALMDSは、海上自衛隊でも導入することになっている。この青緑色レーザーを潜水艦の通信に使う構想が持ち上がったこともあった。

TACAMO

ところが、弾道ミサイル原潜向けの通信手段として考えた場合、陸上にばかでかい送信施設を必要とするVLFやELFは脆弱性が高く、いくら核戦争のための指令を送ろうとしても、指令を送る手段がなくなってしまったのでは役に立たない。しかも弾道ミサイル原潜は基本的に第二撃、つまり反撃のための手段である。

そこで、陸上に送信所を設ける代わりに、飛行機を送信所として使う発想ができた。それが、アメリカ海軍でいうところのTACAMO(Take Charge and Move Out)。当初はC-130輸送機の改造機を使っていたが、後にボーイング707の改造機・E-6Bマーキュリーが登場して現在に至る。

E-6マーキュリー。地上にいるときにVLFアンテナを展開するわけにはいかないし、そもそもこの角度からだとVLFアンテナの姿形は分からない Photo : USAF

もちろん、VLF用の巨大なアンテナは機体表面にアンテナを突き出して済むサイズではないので、機体の後部から長いケーブルを繰り出して空中浮遊させる。アンテナ線の尾部にコーンのようなものが付いていて、それを引っ張りながら飛ぶので、アンテナは空中に浮くわけだ。

ただし、水平直線飛行している時はそれでも良いが、旋回も上昇も下降もしなければならない。だからTACAMO機の操縦に際しては、後方に繰り出して引っ張っているアンテナ線が適切な向きを保てるようにする、独特の要領があるそうだ。

ちなみに、ジェームズ・マティス米国防長官が就任早々に来日した時は、E-4B空中指揮機に乗って横田基地にやってきた。E-4Bは、もともと核戦争勃発時に国家首脳を乗せて空飛ぶ指揮所にするつもりで作られた機体だったので、これまたVLFのアンテナを備えており、機体後部から長さ6km(!)のアンテナ線を繰り出す構造になっている。

ちなみに、山手線の東京駅から田端駅まで直線距離で6kmぐらいある。

短波のアンテナ線

第2次世界大戦の頃に使われていた潜水艦の写真を見ると、艦の中央部にある司令塔の上部から艦首と艦尾に向けて、アンテナ線を引っ張っている様子がわかる(セイルはただの覆いだが、司令塔は内部に耐圧区画があり、人や機材が入る点が違う)。

サイズからすると、遠距離通信に使用する短波無線機のアンテナだったと思われる。短波の波長は10~100mだから、おおむね艦のサイズと符合する。当時は、水平線以遠まで届く遠距離通信手段というと短波しかなかった。

こんな露出した場所に長いアンテナ線を引っ張っていたのだから、潜航中に爆雷攻撃に遭ってアンテナ線を切られてしまい、うまいこと逃げ延びた後でアンテナ線を修復する場面もあっただろうと思われる。もっとも、逃げ延びることができれば万々歳であって、それがかなわなかった艦も多かったわけだが。

また、短波の電波を送信したら、それが敵の無線方向探知施設に傍受されて所在を暴露、という場面も多かった。その点、今なら頭上の通信衛星に向けて細いビームを飛ばせるので、そういう意味でも潜水艦の生存性は向上している。