これまでに「指揮車」と「BMS(Battle Management System)」と「ネットワーク化」の話を取り上げた。指揮官にとって、情報通信技術の活用は「的確な状況認識と指揮統制」というメリットにつながるが、その指揮統制を受けて実際に戦う現場にとってはどうか。

ネットワーク化の利点

ということで、毎年、富士総合火力演習の時に陸上自衛隊が喧伝している「10式戦車のネットワーク・システム」を取り上げよう。

第147回で少し触れたように、米陸軍では1990年代の前半から「IVIS(Inter Vehicle Information System)」なる車両間データ通信システムを整備して、自車位置情報だけでなく、発見した敵に関する情報などもやりとりできるようにしていた。すでにIVISの新規調達は打ち切りになっているが、導入済みの機材はまだ稼働していると思われる。現在の主流は前回に取り上げた「FBCB2(Force XXI Battle Command Brigade and Below)」だ。

米陸軍以外でも、フランスのルクレール、イスラエルのメルカバMk.4、そしてスウェーデン向けレオパルト2(Strv 122)といった具合に、ネットワーク化を図っている戦車はいくつかある。日本もそういう流れの後を追っている形になる。

航空機用の電子機器をアビオニクス(avionics。aviationとelectonicsをくっつけた造語)というが、戦闘車両向けの電子機器についてもベトロニクス(vetronics。vehicleとelectronicsをくっつけた造語)という言葉が喧伝されるようになって久しい。ネットワーク・システムは、そのベトロニクスの最新トレンドと言える。

陸軍だけでなく海軍・空軍も巻き込んで全軍規模のネットワーク化を進めているところでは、アメリカ軍と共にイスラエル軍がかなり先行しており、それを実戦で活用もしている(実戦があるのがいいことなのかどうかは別の問題だが、その話はおいておく)。

では、ネットワーク化して彼我の状況を手元のディスプレイ画面で一望できるようになると、どんなメリットがあるのか。

まず、指揮官にとっては、部下の車両がどこにいるかが一目でわかる。ネットワーク化されていなければ、いちいち無線で呼び出しをかけて位置を報告させるか、自分でハッチから顔を出して目視確認するしかない。無線で呼び出しをかけていたら時間と手間がかかるし、言い間違い・聞き間違いの可能性もある。かといって、ハッチから身を乗り出して確認していたら、指揮官が敵に撃たれる危険が高まる。

その点、各車がGPS(Global Positioning System)で測位したデータを無線で自動的に送ってきてくれれば、いちいち呼び出しをかけたり報告したりする手間がかからない上に、(測位が正しくできている限りにおいては)確実である。

また、接敵報告を無線と口頭でやる代わりにデータ通信で送れば、即座に全車の画面に同じ情報が出る(はずである)。すると、口頭での報告に基づいて頭の中で状況を組み立てる手間が省ける。

指揮官はそれを見て、「11号戦車は目標1、12号戦車は目標2……」というように割り当てをやっていけば、二重撃ちや撃ち漏らしを避ける役に立つ。もっとも、その割り当てに手間取っていると、その間に先制攻撃に遭う危険性があるが。

総火演で行進間射撃をデモンストレーションする10式戦車。ただし、ネットワークが作動しているかどうかは外から見ても分からないから、ナレーターの説明を信じるだけである

ユーザー・インタフェースという課題

だから、迅速かつ確実な操作ができるようなユーザー・インタフェースを構築することが大事である。戦闘に関わるどんなシステムでも同じことだが、迷わず迅速に操作できて、誤操作・誤認識の危険性が少ないユーザー・インタフェースは必須である。

特に装甲戦闘車両の場合、揺れる車内で操作するのだから難しい。すぐ思いつくのはタッチスクリーンだが、揺れた拍子に間違って友軍のアイコンをタップしてしまい、そこに集中射撃を加えるような事態になったら困る。

もっとも、これには「あちら立てればこちらが立たず」のところがある。メニューやボタンを無造作にたくさん並べれば「迅速かつ確実な操作」を妨げる。だからといって、メニューの数を減らして階層を深くすると、今度は操作のステップが増えて時間と手間がかかる。

また、動作モードや表示モードをいくつも用意すると、切り替えや使い分けという課題が加わってしまう。選択に手間取っている間に撃ち漏らしたり撃たれたりといった事態は、願い下げである。

また、狭い車内に設置するタッチスクリーンだから、そんなに大きなサイズにはできない。すると、画面表示のサイズや精度という課題も生じるのではないか。

例えば、指示する対象のサイズが小さすぎると、正確にタップするのが難しくなる。逆に、サイズが大きすぎると、不必要に広い範囲を指示することになってしまい、特定の戦車だけ狙い撃ちするような使い方が難しくなる。また、複数の目標が近接している時にアイコンが重なってしまう、なんていう問題も起きるだろう。

精度の問題とはどういうことかというと、画面に表示したメニューやアイコンをタップする時の精度のことだ。タップする位置に、むやみに精確さを求めると、揺れる車内ではなかなかタップできなくて困るだろう。かといって大ざっぱすぎると、今度はミスタップの危険性が高まる。

余談 : 乗員同士の情報共有

ここまで述べてきたのは車両同士の情報共有だが、同じ車内にいる乗員同士でも、情報共有の手段があるに越したことはない。乗用車と違い、戦車の乗員は同じ区画に並んで座っているわけではないからだ。

車長と砲手と装填手は砲塔の中にいるが、操縦手は1人離れて車体前方に座っている。指示を出すのは車長とはいえ、車両を正しい場所に移動するのは操縦手の仕事だ。だから、操縦手が車長と同レベルで状況を把握できるのであれば、それに越したことはない。車長の指示を無視して好き勝手に動かすわけではないにしても。

また、砲手は撃つ目標の方を注視しているだろうが、車長が一緒になって同じ目標にだけ注意を向けているわけにはいかない。もっと広い範囲を警戒して、次の目標を探したり、脅威要因が現れたりしていないかどうかを見なければならない。

すると、同じ砲塔の中に並んで座っているとはいえ、車長と砲手は違うところを見ているわけだから、やはり情報を共有する手段はあったほうがいいと思われる。