筆者が別件の記者会見に出席していた2016年1月28日に、防衛省が開発を進めている先端技術実証機「X-2」のお披露目があった。本稿執筆の時点では、まだ滑走路上でタキシー試験を行っている段階(つまり、初飛行はまだ)だが、いいタイミングだと思うので、X-2や将来戦闘機にまつわる話をいくつか取り上げてみよう。

3枚のパドル

X-2は「実証機」と呼ばれている通り、そのまま実用機にするつもりはない機体である。あくまで、研究開発を進めている新技術について「実機を造り、実際に飛ばして確かめる」ための機体だ。だから、キャノピーや降着装置に既存の機体のパーツを流用してコストを下げるような工夫もしている。

何でもかんでもコンピュータ・シミュレーションで話がつけば便利だが、実際には「飛ばしてみないとわからない」類の話はなくならない。そこに、実証機を造ることの意味がある。

X-2がテーマに掲げている技術分野がいくつかあるが、今回は推力・飛行統合制御の話をしてみよう。

たまたま、年明けからスタートした別件の連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」の第8回目で、航空機の操縦操作と動翼の話を取り上げた。そこでは一般論として、昇降舵、方向舵、補助翼といった操縦翼面がどういう働きをするか、という話を書いた。

実は、これがX-2にも関わってくる。X-2も他の多くの航空機と同様、昇降舵、方向舵、補助翼といった動翼(操縦翼面)を備えているから、それを使えば操縦操作はできる。

しかし、これらの動翼は、そこに風が当たって力を生み出すことで、初めて機体を動かすことができる。ということは、動翼を動かす角度が同じでも、速度が低い時と高い時で、効きに違いが出てくる。また、機体の姿勢によっては動翼に十分な気流が当たらないこともある。

大人しい機動しかしない旅客機ならいざ知らず、戦闘機ははるかに激しい機動をする。しかも、単に操縦できればよいというのではなく、機敏に動けなければならない。

ということで、X-2を後ろから見てみると、エンジンの排気口に妙なものが取り付いている様子が見て取れる。シャモジ? いやいや違う。これは推力偏向パドルというもので、1つのエンジンに3枚ずつ付いている。

推力偏向が必要になる理由

ご存じの通り、ジェット・エンジンは高温の排気ガスを後方に噴出することで推力を生み出すエンジンである。普通、排気ガスを噴出する向きは固定されており、エンジンを前後に通る軸線と一致している。

機体によっては、若干の角度を付けてエンジンを搭載することもあるが、基本的には機体の軸線とエンジンの推力軸線は一致していると考えて差し支えない。だから、動翼を何も動かさない状態でエンジンを吹かせば、機体は真っすぐ進む(横風のことは考えないことにする)。

では、そのエンジン排気の向きを変えるとどうなるか。例えば、排気を真下に向ければ、それは機体を下から支える力になる。

垂直離着陸を行えるハリアー戦闘機は、エンジンのノズルを尾部ではなく側面に突き出して、かつ、それを後方から下方まで、約90度の範囲で向きを変えられるようにしている。だから、ノズルを4基とも真下に向ければ(エンジンの推力が機体の重量を上回っている限りは)空中に浮いていられる。

垂直着陸中のAV-8BハリアーII。側面の排気ノズルが下を向いている様子が分かる 写真:USMC

つまり、排気ガスの噴出方向を変えれば、直進以外の動きにつなげられるということである。ハリアーの場合、それを垂直離着陸のために使っている。垂直離着陸を可能にするため、排気ノズルの位置は尾端ではなく中央部の胴体両側面として、重心位置に合わせて機体を支えられるようにしている(そうしないとバランスを崩してしまう)。

垂直離着陸を行わない機体でも、排気ガスの噴出方向を変えることには意味がある。例えば、操縦桿を引いて昇降舵を上げると機首は上を向くが、それならエンジンの推力線を真後ろではなく、上方に曲げても同じことになるはずだ。排気ノズルが尾端に付いていれば、結果として機首上げの力になる。

同じ理屈で、推力線を下方に向ければ機首下げになるし、推力線を左右のいずれかに向ければ、推力線を向けた方向に機首を振る力になる。なにも上下左右に限定する必要はないから、推力線を任意の方向に向けられれば、どちらの向きにでも機首を振ることができる理屈になる。

推力偏向の事例いろいろ

実は、ジェット機だと限られた機種でしか使っていない推力偏向だが、ロケットの世界では話が違う。大気圏外に出てしまえば空力的な操縦手弾は使えない(大気が存在しないのだから当然だ)。また、発射直後で速度が出ていない時に、機敏に向きを変えなければならない場面もあり得る。

すると、推力偏向はロケットにとって不可欠のものだ。それをどうやって実現するかという話になるのだが、第2次世界大戦中にドイツで開発したV2号ミサイルは噴流舵を使用した。つまり排気ノズルの下に4枚の舵を設けて、それを動かすことです排気ガスの向きをコントロールしていた。メカとしてはシンプルで分かりやすいが、高温の排気ガスに耐えられる材質が必要になる。

別の方法として、ノズルの向き自体を変えてしまう方法もある。複雑なメカニズムになりそうだが、大きな角度を付けて偏向させるためには、こちらのほうがよいかもしれない。

これらはロケット・エンジンの話だが、基本的な考え方はジェット・エンジンでも同じである。そしてジェット・エンジンに推力偏向の機能を持たせれば、低速でも、あるいは空気が薄い高々度でも、機敏に向きを変えることができると期待できる。

F-22AラプターのF119エンジンは、排気ノズルが円筒形ではなく矩形だ。そのノズル部の上下に取り付いている野球のホームベースみたいな形の部材が、それぞれ上下に動く。両方とも下に向ければ推力線は下を向くし、両方とも上に向ければ推力線は上を向く。ただし上下方向の偏向しかできない。

F-22AのF119エンジンを試運転している様子。矩形の排気ノズルが特徴で、写真では真っ直ぐだが、上下の推力偏向が可能 写真:USAF

F-22Aは双発機、つまりエンジン2基装備だから、片方のエンジンで推力線を上に向けて、他方のエンジンで推力線を下に向ければ、機体を横転(ロール)させる力になるはずだ。ただし機体の中心線に近い場所で力を発生させるので、効きには限度があるかもしれない。

ロシアのSu-30MKが使用しているAL-31FPやAL-37FUといったエンジンは、円筒形のノズルそのものが角度を変えるようになっている。ただし、どちらの向きにでも推力線を偏向できそうに見えるが、実際にはピッチ方向限定だ(±15度)。後から登場したAL-41F1は、ピッチ方向(±20度)に加えてヨー方向(±16度)にも可動できる。

ただ、F-22AのF119エンジンと違ってノズルは円筒形だから、エンジンを傾けて取り付ければ、上下方向以外の力を生み出すこともできそうである。つまり、推力の偏向方向を真後ろから見て「ハの字」あるいは「逆ハの字」にして、かつ、左右のノズルの向きを個別に偏向するわけだ。

もう1つの方法として、パドルを使用する方法がある。X-2だけでなく、アメリカで以前に造られた高運動性実験機・ロックウェルX-31でも使っていた方法。排気ノズルの後方にパドルを取り付けて、それを動かすものだ。

X-2もX-31も3枚パドルで、120度ずつの間隔で取り付けてある。例えば、真上のパドルを下に向ければ、それに当たった排気ガスは下方に向きを変える。たぶん、左右斜め下のパドルは、それに合わせて外側に振る必要があるのではないか。そうしないと抵抗になるからだ。

3枚のパドルをそれぞれどう動かすかによって、排気ガスを偏向する向きは変わる。その組み合わせにより、理屈の上ではどちら向きにでも偏向できる。

パドルが2枚だと上下、あるいは左右の偏向しかできないが、これはF-22Aの矩形排気ノズルと同じ理屈だ。パドルが4枚あってもいいが、3枚より構造も制御も複雑になる。任意の方向に偏向できて、かつ枚数を最低限にとどめようとすると、3枚という答えが出てくる。

もっとも、ロシアのR-73空対空ミサイルでは、2組の推力偏向ベーンで任意の方向に偏向できるようにしているが、その話はまた機会があれば。

肝心の統合制御の話に入っていないが、長くなってしまったので、続きは次回にしよう。