YouTubeが創業したのは2005年。1年10カ月後、Googleに約16億ドルで買収された。その額はざっと2,000億円。日本の中堅自動車メーカーの資産価値とほぼ同じだけの値段が付いたわけだ。驚くべきは、資産のボリュームもさることながら、資産膨張のスピードだ。

"栄枯盛衰"の流れが激しすぎるメディア業界

ちなみにハーバード、エール、スタンフォードなど米有名大学学生間の私的SNSからスタートした「Facebook」は、2006年9月に事業化。翌年10月、マイクロソフトが資本参加したが、その際の企業評価では、総資産価値は150億ドル(約1兆6,500億円)と見積られた。

古典的なメディア、例えばニューヨークタイムズは、1870年代に創設された。60年後にラジオ、80年後にテレビが登場したが、130年近くメディアの本流、正統であり続けた。しかし、100年以上かけても資産価値はFacebookの足元にも及んでいない。

新聞のビジネスモデルの隆盛期が100年以上続いたのに比べると、他メディア・ビジネスモデルがピークアウトするまでのタイムスパンはあまりにも短い。

ABC、CBS、NBCの三大全国ネットワークの全盛時代(1950~80年代)が30年間。CNNに代表されるCATV(衛星を経由した有線テレビ)の時代が1980年代から20年間続いたであろうか。そしてMSNからYahoo、Google、さらにYouTubeやFace Bookへ…。しかし彼らの時代は、さらに短そうだ。

複合的メディア環境「間メディア環境」の時代に

無論、このメディア環境の変化は切り取った後の地層のように「いつからいつまで」とは区分できない。旧メディアを凌駕する新メディアが勃興し、重層化、混在化したまま推移していくからである。

例えば前回紹介した学習院大学の遠藤薫教授は、選挙キャンペーンという切り口からメディア状況の「今」を以下のように分析する。

「現在では、新聞、テレビなど従来からのマスメディアと、新しいメディアであるインターネットが相乗効果を挙げる形で、選挙の情報流通が活性化されていると言える。このような、新旧様々なメディアが相互に関連しあって作り上げている複合的なメディア環境を『間メディア環境(intermediality environment)』と呼ぶ」(朝日総研リポート08年6月号)。

「オバマに首ったけ」は21世紀版の大統領選ヒット曲

さて、本連載第8回から6回にわたって続けてきた、「間メディア環境下」における米大統領選に焦点を当てたレポートは、今回でいったん絞めくくる。だが、最後に報告しておきたいのは、「YouTube民主主義」時代の陰というか、"裏技"の世界についてである。

「これがキャンペーン・ビデオか」と年配者が眉をひそめたのが、2007年6月にYouTubeにアップされた、米民主党大統領候補のバラク・オバマ氏の応援映像、「"I Got a Crush...On Obama"(オバマに首ったけ) By Obama Girl」である。

20世紀初めの大統領選挙では、キャンペーン・ソングから「You are my sunshine」というヒット曲が生まれた。

考えようによれば、これが21世紀版の大統領選ヒット曲であるかもしれない。

(YouTube - "I Got a Crush...On Obama" By Obama Girl/barelypolitical.com)

"I Got a Crush...On Obama" By Obama Girl/barelypolitical.com(出典:YouTube)

8月末までの再生回数は、963万2,674回。大ヒットだ。これに味をしめたbarelypolitical.comは、次々にシリーズを作り続ける。

今年2月、アイオワ州予備選でヒラリー・クリントン氏とオバマ氏が大接戦を展開した時は、山にこもっていた"オバマガール"が、急を知ってスーパーマンもどき、ヒラリー選対に殴り込みをかけた。

(YouTube - Obama girl returns for Iowa! (Why Obama Won)/barely political.com)
(再生回数264万9,972回)

テレビ討論で両候補者の対立が激化すると(実際はヒラリーが涙ぐんだのだが)、これがアップされた。

(YouTube - Hillary! Stop the attacks! Love, Obama Girl /barelypolitical.com)

"YouTube的現象"が生み出す「光と陰」とは?

このシリーズ、いまだに新作が作られているようだが筆者は、これ以上見ていない。面白いのは、その後の展開だ。"オバマガール"を演じたヒスパニック系の歌手、あっという間にスターになって、MSNBCなどニュース番組に出演、コメンテイターを務めている。

素人っぽい勝手連的な応援ビデオがエミー賞をとる。そのビデオに出演した無名のモデルがスターダムにのし上がる。"YouTube的現象"と言うしかないではないか。

こうした「うけ」を狙ったビデオの行く先は、過激化とポルノ化だ。過激化の典型は、オバマ氏と親交のあったジェレミア・ライト牧師の白人排斥と受け取られたスピーチ騒動。発端は、YouTubeに投稿された隠し撮りのように見える映像を、保守的なFOXニュースが流したことだ。

前出の遠藤教授が言う「草の根のボランタリーなメッセージ表出を装った、組織的に作り出された動画もネット上に提示されている」事例の典型のような気もする。以下のビデオは、ライト牧師の演説ニュースがねつ造だと主張する投稿。

(YouTube - FOX Lies!! Irresponsible Media! Barack Obama Pastor Wright)

FOX Lies!! Irresponsible Media! Barack Obama Pastor Wright(出典:YouTube)

きわどいパロディービデオは、沢山ある。一例を挙げればオバマ氏とクリントン氏のそっくりさんがヒット曲、「Umbrella」をバックにエロチックに踊る「Barack Obama Hillary Clinton-Umbrella」。

(YouTube - Barack Obama Hillary Clinton-Umbrella)

困ったことには、こうしたビデオに限って再生数がずば抜けて高い。2008年2月にアップされてからすでに1,564万4,204回、視聴されている。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。