モバイルヘルスに特化した注目のITベンチャー、FiNCの副社長、乗松文夫氏へのインタビュー後編。今回は、同社が提唱する「ウェルネス経営」の話を中心にお届けする。

業績と健康の大事な関係

――御社の法人向けサービスでは、どのような健康指導をされているのですか?

FiNC 代表取締役副社長 乗松文夫氏

個人向けサービスとの大きな違いは、組織管理者向けの情報提供を充実させていることです。ひとりの専門家がスマホアプリを通じて従業員5、6人のグループを指導するのですが、健康になるためのタスクを実行しているかどうかが、部署別・男女別・年代別などで見えるようになっています。

これまでは産業医の診察を受けて、例えば血圧が高かったら「薬を飲んで運動するんだよ」と言われて終わりでした。言いっ放しでは、本当に全員が続けているか分かりません。われわれは継続の仕組みを考え、従業員が健康になるように動いているかどうかを組織管理者が分かるように可視化しています。

また、一人ひとりに350問のアンケートに答えてもらうことで、徹底的に生活習慣を定量化するのですが、この解析結果も部署別に出しています。それは「あなたの部署では心身の不調による欠勤・遅刻・早退によるロスが1カ月に133時間あります 」といった形で示されます。

――損失を数字で示されると事態の深刻さが分かりますね。

このスコアを、管理者の人事評価に結びつけようと検討されている会社さんもあります。また、ウェルネススコアと業績に相関関係があることが分かってきました。やはり元気で健康な人が多いと、その部門が活性化して業績が上がるということが確実にあると思います。

分析結果では、従業員が頭痛や眼精疲労、腰痛などにどれくらい悩んでいるかという状態も細かく出ますので、この部署は「精神面では元気だけど、肩こりに悩んでいる人が多い」ということも分かります。

――そこまで具体的なら「朝礼で肩を回す」など対策も打てそうですね。

おっしゃるとおりです。われわれは、ヨガの先生や栄養士を講師として派遣するサービスを合わせて行っています。

結果イメージ

ウェルネス経営とCWO

――御社が提唱している「ウェルネス経営」について教えてください。

ウェルネス経営は、従業員の心と体の健康増進を通じて、企業の生産性や業績を向上させる新しい経営手法です。多くの会社は福利厚生を"コスト"として捉えています。かけた費用と成果がつながっていないので、コストとしか思えないのでしょう。しかし、実は非常に関連性があるのです。アメリカでは、1ドルの健康投資は3ドルのリターンになるというデータがあります。病気になってから治療するのではなく、病気になる人が減る効果は極めて大きいです。今年の3月に、副操縦士の精神不調でドイツの飛行機が墜落する事故が起きましたが、従業員が健康でなければ、お客さまを守ったり、よいサービスを提供することはできないでしょう。

われわれはウェルネス経営を推進するために、先日、日本交通、吉野家ホールディングス、リンクアンドモチベーションとともに、「最高健康責任者 Chief Wellness Officer(CWO)」制度の導入を共同で発表しました。

――「CWO」とは、どんな役職なのでしょうか?

CWOは高い立場で、従業員の健康に全責任を持ちます。われわれもCWOを中心に、社内でいろいろな対策を講じています。例えば、毎週水曜日にトレーナーが15分間の運動を指導したり、管理栄養士が料理をふるまったりします。自販機のジュースも、お茶や野菜ジュース、無糖コーヒーなど、健康に良いものです。それから、社内に小腹がすいたとき用の野菜やフルーツのスティックが置いてあるのですが、とても好評です。ちょっとした違いで良いんですよ。それが毎日続けば、長い人生でものすごい差になりますから。また、経営陣たるもの自分が健康でないのに会社を引っ張っていって良いのかと考え、ウェルネススコアを幹部昇格の指針にしようと検討しています。

FiNCでは2015年3月にCWOを設置しましたが、施策のほとんどはこれを機に創りあげたものばかりです。もともと健康への意識は高い会社なのですが、責任者がいるといないでは、具体性が全然違いますね。

世界を元気にしたい

――最後に、今後の展開について考えていらっしゃることを教えてください。

今後は、ライフスタイルに関して交流できるSNSの開設や、きちんとした裏付けのあるサプリメント、水、お弁当などが買えるFiNCストアの充実などを進めていきます。また、レストランと提携して、栄養のバランスに気を付けたメニューの認証なども行いたいと考えています。われわれは「健康」を軸に大きなプラットフォームを構築しましたので、あらゆる生活のシーンに貢献できる広がりがあります。

そしてゆくゆくは、ITを駆使した地域包括ケアをしようと考えています。過疎地に住むお年寄りが「一人で寂しく暮らしている」こと自体、健康寿命を縮めています。こんな事態を解消するためには、家に居ながらにして、あたかもそこにいるように友達と会えたり、運動ができたり、パーソナルドクターのアドバイスを受けられたりするようなサービスが必要です。

規制が多く難しい面もあるのですが、2020年までの実現が目標です。どんな場所であれ、一人ひとりが元気な生活を送ることができる、そんな社会を、日本だけでなく世界に広げていきたいと思っています。

FiNCオフィスの入口にて