アインシュタインが100年前に予言した「重力波」が、ついに発見された。重力波とは何なのか、どのようにして見つかったのか、そして重力波で宇宙を見る「重力波天文学」への期待について、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の村山斉機構長にうかがった。

本連載ではインタビューの模様を全3回にわたってお届けする。第1回では「重力波とは何なのか」についてお聞きする。

東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

文部科学省世界トップレベル研究拠点形成促進プログラム(WPI)の下で、東京大学をホスト機関として、2007年 10月に「数物連携宇宙研究機構」(IPMU)が発足。2011年1月には東京大学国際高等研究所が設立され、IPMU はその最初の研究機構として認定された。その後、2012年4月には東京大学が米国カブリ財団による寄附を受けたことにより、現在の「カブリ数物連携宇宙研究 機構」(Kavli IPMU)となった。 2015年4月現在、Kavli IPMUには85名の常勤研究者が在籍しており、他機関に所属する連携研究者や大学院学生を含めると国内外約250名の物理学、数学及び天文学の研究者が 研究を行っている。

村山斉(むらやま・ひとし)さん

1964年東京都生まれ。国際基督教大学高等学校出身。1991年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。東北大学などを経て、現職はカリフォルニア大学バークレー校教授および東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構機構長/特任教授を兼務。

そもそも重力波とは何なのか

--まず、「重力波」とは何かについて教えてください。

村山:私たちは「時間と空間のさざ波」と言っているんですが、そもそもこの時間と空間というのは、きちっとした箱だと、長い間人類は思っていたわけです。箱があって、その中に地球があって太陽があって、宇宙があるんだ、と考えられていたんですね。

でも、アインシュタインがその空間という箱が「生きている」と言い出したんです。アイザック・ニュートンの説明では、たとえば地球と太陽がぐるぐるとまわるときに、地球と太陽の間に力が働いていて、太陽が地球を引っ張っているから(地球が)飛んでいかないんだ、となっていました。

しかし、アインシュタインは、「重力とは力ではなく空間自身が曲がっている現象なんだ」と言ったんです。

重いものがあるとその周りの空間が曲がり、その曲がった空間の中でものが運動するから曲がるんだ、と言ったわけです。

たとえば、トランポリンの膜の上に大きな重りを置くと、そこが沈み込んでまわりが曲がりますよね。その上にピンポン玉を転がすと、まっすぐ行こうとしても、トランポリンの膜が沈み込んでいるので、重りのまわりをくるくると回ってしまいます。太陽のまわりを地球がまわるのもこれと同じだ、とアインシュタインは言ったわけです。

それが本当だとしたら、トランポリンの中に重り、つまり空間の中に太陽を投げ込んだ瞬間を考えると、ぐわんと沈んで、その周りもぐわんぐわんと歪みますよね。それが重力波です。時間と空間そのものが揺れるので、「時間と空間のさざ波」だと呼ばれているのです。

これを100年前にアインシュタインが予言しました。これまで間接的な証拠はあったのですが、今回まで直接捉えたことはありませんでした。

太陽の重力によって空間がゆがむ様子の想像図 (C) NSF

--アインシュタインが今から100年前に重力波を予想していたことについて、現代の科学者という視点からどのように評価されますか?

村山:アインシュタインはすごい人ですよね。重力波があるというのはある意味当然なんです。空間が曲がるのであれば、揺れるというのは当然ですから。

でも、アインシュタインが「空間の曲がりが重力だ」と言った当時、まだその証拠はほとんどありませんでした。

ひとつだけ証拠があったのは、水星の動きでした。それ以前から、水星の動きがニュートン力学だけでは説明できないということはわかっていたのですが、アインシュタインが自分の理論を使ったら説明できるということに気がついたんです。水星は太陽に近いところを回っていて(公転の速度が)光速に近いので、アインシュタインが唱えた相対性理論の効果が現れやすいんですね。それが彼にとって自分の理論が正しいという確信になったんです。

さらにそのあとになって、太陽のそばを通る光が重力で曲がるということがわかって、アインシュタインが正しいということをみんなが信じるようになったのですが、それまでには数年がかかっているわけです。

その間、アインシュタインは自分の言っていることが正しいかどうか、完全に確信できていなかったわけですが、その中でも、重力波というものがあるのだ、空間は揺れるはずなのだ、ということを発表する勇気があったわけです。それがすごいと思います。

私のような理論物理学者というのは、自分の考えた新しい理論を発表していくわけですけれども、自分では良いアイディアだと思っても、いざ論文を書いてみると、「うーん、本当かなぁ」と思うこともあります。「自分の考えを自然が使ってくれている」という保証はどこにもないわけですから。

アインシュタインも確信がない中で、自分の考えを突き詰めて、重力波というものがあるんだ、ということを予言して、そしてそれを発表する勇気があったというのはすごいことだと思います。

重力波が本当に検出できるかどうか、測れるものなのか、というのはずっと議論になっていました。空間が歪んだとして、私たちの目も一緒に歪んでいたとしたら、空間の歪みを認識できないかもしれませんよね。それで論争になったことはありました。

空間が曲がる、ということは想像しにくいですから、「空間が曲がる」という言葉の捉え方、どういう概念で捉えればよいものなのかと、モヤモヤしたものを抱えていた人がいたのも事実です。

--今でもそれを抱えていて、今回の重力波の発見を否定している科学者の方はいらっしゃるのでしょうか?

村山:いるかもしれないですね。科学の世界というのは、わざと違う意見を唱えてみる、という役割を演じる人が出てくるんです。

みんなが一同に信じてしまったら、「それは本当に正しいのか」という疑問をはさむ余地がなくなってしまいますよね。そこで、誰かがわざと悪者になって「俺は違うと思う」と言い出して、みんなで調べていくうちに結論を出していく、ということはします。

でも、重力波が見つかったということは、驚くことではないんですね。もともと検出できると思われていたものが、その通りに見つかったということですので。これで宇宙観が変わったかというとそうではなく、今まで考えられていたことが、やっぱり正しかったね、という話です。

私にとって驚きは、重力波を検出するという技術的に難しいことを、これほどの短期間で実現できたこと。そしてもうひとつは、これからへの期待です。

(次回は3月16日に掲載予定です)