「抗がんなんてやっていたら病気になる」と標準治療を否定する意見を、たまに聞くことがあります。信念は人それぞれではありますが、やはり標準治療を勧めたいところです。しかし、相手が話が通じない毒親だったとしたら、どうすればいいのでしょうか……。

毒親だった母親ががんを患った岡山容子医師は、まさにそんな状況に直面しました。岡山医師の著書『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)には、あまり関係のよくなかった毒親を看取った岡山医師の考えや経験が紹介されています。

抗がん剤をやめて変なサプリに頼る母

  • ※画像はイメージです

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母の乳がんがわかったのは、2016年9月ごろのことです。

しつこい咳をきっかけに病院に行き詳しく調べたところ、11月に右乳がんおよび肺やリンパ節への転移という診断が出ました。

組織を調べると、トリプルネガティブという乳がんでもホルモン療法が効かないタイプのもの。病院での治療方針は「転移があるのでまずは抗がん剤治療をして、そこで効果が出てきたら手術する」でした。王道の治療です。

その年の12月から抗がん剤治療を開始します。治療はよく効いて、がんは小さくなったそうです。

しかし、ここでも母は独自性を発揮します。

「抗がん剤治療なんてやっていたら病気になるわよ」と自己判断で治療を年末に中断してしまったのです。

抗がん剤をやめたという話は、年始に実家に帰ったときに母から軽い調子で聞きました。もちろん私は絶句します。

が、まあ、母らしいことです。

医療より民間療法を優先する。

医師である私としては、「何やってるんだか」とあきれはてはするものの、これまでの親子関係から「言っても無駄」ということも、ものすごく理解しています。

そんな私を意に介さず、母は「抗がん剤治療なんてしたら、病気になっちゃうわよ。それより、この乳酸菌、とってもカラダにいいのよ~」と言ってきます。

「体にいいとかいうなら、まず一番体にいい抗がん剤受けんかい!」と心の中でつっこむものの、やはり黙っていました。

この当時の私は40代半ばとなっていて、医師として働き始めて20年がたっている状況でした。また、結婚して12歳の子どもをもつ母親でもありました。

毒親である親とは接するのがいやで、距離を保ちつつ会うのは年末年始のときくらい。私は京都府京都市に住み、実家は大阪府堺市と遠くない距離なのに、あまり会うことなく、連絡をとることもなく、暮らしていたのです。

「あまりかかわりたくない」というのが偽らざる本音でした。

友人の医師から突然の連絡

母はたいへん変わった人で、天使と悪魔が同居しているような人物です。

考え方も極端で変わっています。現代医療に根拠のない不信感をもっていて、あやしげで高価なサプリメントなどを妄信する人です。

なぜ、きちんと国が承認した薬を信じず、ラベルも手作りのような真っ黒な「ヨウ素」とかいう液体を信じて飲めるのか。

心の底から不思議に思います。

製造者不明の真っ黒で沈殿物のある液体なんて、私は絶対に飲めないです。

そしてなんといっても祈祷(きとう)などが大好き。母は何かにつけ困ったときには祈祷に頼ります。

私の初潮が遅かったときも祈祷。私の子どもの目が悪くて3歳児検診でメガネを装着することになったときも私の知らないところで祈祷していたそうです。

理由なき医療不信、民間医療を妄信する、祈祷大好きな母。

そんな母にあまり常識的なことを言っても届かないのは、40年以上の付き合いで私はわかっています。

だから標準治療の中断も、変な液体を飲むのも、もう何も言いませんでした。

その後、母の体は、表面から触ってわかるくらいにがんが広がり、痛みも出てきたようで、治療中断から3か月くらいで病院に戻ったそうです。

2017年4月に治療再開、6月にいったん治療終了、7月からまた次の治療の予定となっていたそうです。

ここで「そうです」と書いているのは、12月に治療を中断したあとの母の経過の詳細を知らなかったからです。

なるべくかかわりたくない私としては、その後も母のことは頭の外に置いて、自分の生活を続けていたのです。

その暮らしが破られたのが2017年7月中旬、友人の医師を通じて母に関する連絡が来たからです。

「お母さまが末期がんと診断されたのは知っている?」と。

母は自分のがんの主治医のいる病院ではなく、父の通う透析病院で「めまいがする」と訴えたそうです。その透析病院の副院長が私の友人、という経緯でした。

透析の専門病院ですから、当たり前のことですが対応が難しいと判断されます(末期がんの患者ですから当然です)。

結局、母は、主治医のいる元の病院に再び入院することになりました。

この連絡があったタイミングで、私は、

「これは、そろそろ母とかかわらなければいけないのかもしれない。どうしようか」 とうっすらと危機感を抱いたように思います。

岡山 容子(おかやま ようこ):おかやま在宅クリニック院長。医師。
1971年、大阪府堺市生まれ。四人姉妹の次女として育つ。1996年、京都府立医科大学卒業後、麻酔科医として京都府立医科大学病院や西陣病院にて勤務、その後在宅医療分野へ転向。2015年、京都市内に在宅療養支援診療所おかやま在宅クリニックを開設し、訪問診療、緩和医療、認知症治療などに携わる。2018年より産経新聞大阪本社地方版でコラム「在宅善哉」を連載開始(筆名:尾崎容子)。2020年、真宗大谷派にて得度を受け僧侶となる。現在は終末期をみる医師として、地域密着医療を実践するほか、看取りの勉強会を主宰する。 著書に『老後を心おだやかに生きる いのちと向き合う医師の僧侶が伝えたいこと』(明日香出版社)など。

『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

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