本連載は、ITジャーナリストとして、小誌をはじめ多くの媒体に寄稿する筆者が、月2回、日々の膨大な取材ノートから毎回1テーマを選び、現在のITトレンドをキーワード/キーパーソンの解説に絡めながら紹介していく。第1回はバズワードとなりつつある「スマートグリッド」を取り上げてみたい。

"モノづくり大国"が苦しむコモデティ化への乗り遅れ

経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 課長補佐 伊藤慎介氏

日本のエレクトロニクス産業は明らかに競争力を失っている- インプレスR&Dが開催したカンファレンス「スマートグリッドとITが切り開く未来」において、経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 伊藤慎介課長補佐は、危機感を募らせて見せた。

製造業における営業利益率を比較してみると、1995年以降、電子/情報関連のトップ10社の営業利益率は、それ以外の産業のトップ企業の営業利益率に比べて遙かに低い。さらに、エレクトロニクス産業の研究投資費額が、他の産業に比べて膨大であることも浮き彫りにする。

こうした結果を導いた理由として、世界はコモディティ化に向かっているにもかかわらず、日本は複合化という、世界の流れとは異なる方向に向かったことをあげる。と同時に、デジタル化の進展に伴い、誰でも簡単に機能を複製して利用することができようになり、アナログ時代のような製造技術の差異化が通用しない時代が訪れていることを指摘する。

「アナログ時計は、時計機能、タイマー機能、日付機能を、歯車の組み合わせで実現する。そのため、コピーが困難で誰もが作れるというわけではない。だが、デジタル時計では、これらの機能がすべてチップに書き込まれており、それを入手すれば誰でも簡単に作ることができる。日本が得意とする製造技術が、競争力の源泉にならない時代が到来している」というわけだ。

不況に苦しめられる国内企業のなかでも、群を抜いて収益性の悪化に苦しんでいるのがエレクトロニクス産業だという

国内企業が"お手本"にすべき、と伊藤氏が例示したIntelのビジネスモデル

デジタル時代における海外企業の最たる成功例として伊藤氏があげたのが、PCにおけるIntel、あるいは携帯電話におけQualcomの手法だ。

「製品の頭脳に相当するコントロールチップを商品化し、中核技術に関しては、ライセンス料を得つづけるためには、激しい特許紛争や訴訟も辞さない態度をとる。その一方で、他の部品との接続部分を標準化し、これを広く公開する。これにより、コントロールチップというコアとなる部品で莫大な利益をあげる環境を作り上げ、同時に製品の完成品や周辺部品の価格が下がり、普及させる土壌を作った。その反対の立場にあるのが日本の完成品メーカー、部品メーカーであり、完成品の普及にあわせて価格が下落。収益を得にくく、競争激化に伴い、シェアも下落するという状況に陥った」

こうした状況を踏まえて、来るべきスマートグリッド時代において、日本の企業は、製品という端末にフォーカスするのではなく、付加価値となるサービスや新たな機能にフォーカスすべきであると提言する。

「スマートグリッド時代には、電機製品や自動車は端末となる。だが、端末はパソコンの部品と同じであり、付加価値がとれない。PCや携帯電話のコントロールチップと同様に、日本の企業は、スマートグリッドの設計そのものに、積極的に提案/関与していく必要がある」とする。

米国が主導権を握ったインターネットは、その普及によって、米国のIT産業に大きな利益をもたらした。裏を返せば、それが日本のエレクトロニクス産業の営業利益率の低さにつながっている。その二の舞にならないためにも、スマートグリッドにおいては、環境・エネルギー技術で先行する日本が主導権をとることが、そのまま日本のエレクトロニクス産業の発展につながるというわけだ。

社会を支えるインフラとなる可能性を秘めた「スマートグリッド」

ところで、スマートグリッドとは、一般的に「次世代電力網」と呼ばれるものだ。

従来の電力網は、大規模発電所で発電し、電力を家庭や企業に一方通行で送電するが、スマートグリッドでは、太陽光発電や燃料電池などを活用し、家庭や企業で発電した電力を、電力網を使ってそれぞれに再配分する。いわば、集中から分散への大きな転換である。

さらに、分散型の仕組みを構築するため、相互の情報交換を行う仕組みと、それを制御する仕組みが求められる。

スマートグリッドでは、各家庭に「スマートメーター」と呼ばれる端末が設置され、余った電力と、電力を求める家庭や企業の状況をリアルタイムで管理し、必要に応じて買電や売電を行うことになる。

電力状況を把握することで新たな使い方が創出される。たとえば、電力消費状況から留守であると認識されれば宅配便業者に留守であることを知らせ、効率的な配送を実現するといったこともできる。また、個別の家電製品にまで接続されれば、エアコンの予約状況などから電力消費量を予測したり、運転中のエアコンを直接制御して、電力不足への対策や省エネに生かしたりといったこともできる。ネットワーク家電と連動すれば、録画予約状況からテレビ番組の視聴率を事前予測するといったこともできるようになるだろう。

つまり、スマートグリッドとは電力の制御だけではなく、インターネットのような新たな社会インフラになる可能性があるものと捉えたほうがいいだろう。となると、スマートグリッドは、日本の企業が主導権を握ることができる重要なテーマのひとつであることは間違いなさそうだ。日本の企業はそこに目を向けるべきなのだ。