「夢手帳」に記入したのは手持ちの株の値

私の手元に「夢が実現する手帳(仮名)」というシステム手帳があります。それはベストセラーとなった「手帳術」の著者が監修したもので、「30代で会社を上場させる」と手帳に書き込んで実現したとパッケージに書いてあります。

ただし、著者に共感して買ったのでも、自己啓発にハマったわけでもありません。著者の経営するIT企業の株式を持っており、「株主優待」で送り付けられただけです。"ヒルズ族"が闊歩していた時代のIT関連株は1週間で株価が倍になることは珍しくなく、濡れ手に粟を期待して2,500円で購入した同社の株が今は350円。そこで「夢が実現する手帳(仮名)」に「株価2,500円」と書いてみました。

目標を紙に書けば叶うというのは半分本当です。その理由は「未来は自分で決められる」から。先日、出身高校で講演をした際にこの話をしたところ、結論に「なあんだ」と笑いが漏れましたが、真理は意外と簡単なものです。未来の決め方については最後に。

ホームページで効果を得るための最低PV数は1,000!?

健康食品会社のY社長は定例会議で次のような宣言をしました。

「ホームページのアクセス数を来月までに5倍にする」

ネット通販を行う同社のサイトは開店休業中でした。1日のPV(ページビュー:閲覧されたページ数)は200~300で、商品が売れないどころか問い合わせもありません。ある日、ネットで成功している社長と知り合い、話を聞くと、1日当たり最低1,000PVはとらないと反響はないと言います。ここから、先ほどの宣言が出たというわけです。

PVの増加は売上につながらないという声もありますが、一定以上のPVがあれば売れるのも事実です。言葉を選ばずに表現すれば、「物好き」は必ずいて、訪問者が増えればそれなりに売れるのがネットの面白いところです。

そこで、まずは5倍アップの1,000PVを目指そうということになりました。創業社長の宣言は事実上の命令です。Y社長を筆頭に会議の参加者全員がシステム手帳を開き、1ヵ月後の日付に「5倍」と書き込みます。Y社長は「書いたことは実現する」という「夢手帳」の信奉者なのです。

無償のブログ・ツイッターよりも有償の広告を

1ヵ月で200PVを1,000PVにすることは可能です。手帳に書き込んでからが勝負の始まりです。ブログやツイッターに自社のサイトのアドレスを掲載して、呼び込みを行います。次にSEO。検索エンジンで探されやすくすることで、訪問者を増やすことが期待できます。ただし、どちらも過大な期待はできません。前者のような「クチコミ系」はすでにコミュニティを構築していたり、著名人に紹介したりされない限り、大きな効果はないからです。

ツイッターに関しては、複数のアカウントを取得して1人何役の自作自演で盛り上げることはできますが、ビジネス上の実利は薄く時間の無駄です。これは余談ですが、ネット界の「著名人」の多くが、別アカウントをもっていることは公然の秘密で、身分を隠して何をしているのか興味が尽きません。そしてSEOも、掲載の可否は検索エンジン次第という不確定要素があるので、短期間で結果を求めるには非力です。

即効性を期待するなら「広告」です。ヤフーリスティング広告やグーグルのアドセンスなどキーワード広告で客を集めます。インターネットは無料という誤謬がありますが、そこで商売をするなら広告という有料サービスへの出費は必須条件ですし、前述のSEOもプロに頼めば有料です。

また意外に思われるでしょうが、リアルのハガキによるDMも集客効果があります。特に既存客に対するリアルな手段によるアプローチは、しばらく離れていた客を呼び戻す効果があります。

結局、Y社長はキーワード広告に予算を割いて出稿しました。

手帳に書いた夢が実現しなかった理由

1ヵ月後、消化された予算は僅かで、PVの変化は誤差の範囲内。Y社長が手帳に書き込んだ「夢」は実現しませんでした。広告費用とPVは比例します。キーワード広告はクリックされなければ料金が発生しないからです。

クリックされなかった理由は3つ。「検索されないキーワードで出稿」「興味を惹くキャッチコピーを用意していない」「入札金額が低すぎた」です。キーワード広告は毎日効果を確認できます。広告が表示された回数、最もクリックされたキャッチコピー、入札金額の平均順位をチェックできます。これらを日々チェックして広告効果を高める作業が必要なのですが、Y社長はもちろん、社員の誰もチェックすらしていませんでした。

Y社長は目標を手帳に書きますが、閉じたページを開くことはありません。つまり、Y社長は「書いただけ」の「夢手帳0.2」です。しかし、それでも手帳に書いたことが"偶然"叶うこともあり、成功例だけを美化して「夢は叶う」と吹聴します。そして、今回のPVのような失敗例は「まだ叶っていないだけ」と強弁するのです。

そもそも、「紙に書いただけ」で夢が叶うとすれば、それは"呪い"です。冒頭の起業家は著書の中で、手帳に書いたことを常時チェックし、達成率や実現への課題を反復して考えていると記しています。文章ではサラっと書かれていますが、その偏執的な執念深さがあれば手帳に書かなくても成功することでしょう。

最後に「未来を自分で決める方法」について。冒頭の講演会では、次のようなことを話しました。

「あなたたちが今日の晩ご飯に食べるもの、明日のランチで食べるものを紙に書いてください。そして今日の夜、明日の午後、未来を決められたかどうか確認してください」

ここで、高校生たちは「なあんだ」と笑いました。「そんなことか」と漏らす生徒もいました。しかし、未来というのは小さな決断の積み重ねからやってくるもので、「紙に書く」という行為も「決断」の1つです。1kgのダンベルを持ち上げられなければ、10kgを持ち上げることなど不可能なように、小さな決断を確実に達成していくことで「未来」を実現することができるのだと、若者たちの前で気取ってみました。

エンタープライズ1.0への箴言


「書いただけで実現するほど未来は甘くない」

宮脇 睦 (みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi