ブラック会社の映画で「定時は都市伝説」と叫んだ品川祐

終電に間に合えば幸運で、休日出勤どころか「帰宅できない」ことが常態化しているなど、労働基準法がまともに守られていない企業を「ブラック会社」と呼び、IT業界でよく見かけます。映画『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』で、出演者の品川祐さんがこう言い放ちます。

「定時なんてもんはなぁ、都市伝説だ、馬鹿!」

あまりのハードスケジュールに失踪する人は珍しくなく、私が知っているブラック会社では2ヵ月に1人の割合で社員が「行方不明」になっていました。

企業が「ブラック化」する理由に、IT業界の競争激化によってタイトなスケジュールが常態化したことや、受注単価の下落をサービス残業で補うことなどがありますが、基本的には企業体質といってよいでしょう。

こうした企業の経営者に悪意はなく、自社の勤務形態が当たり前だと思っている「ブラック会社0.2」なのです。しかし、「ブラック会社0.2」の裏には経営者と共生する社員もいるのです。

休暇明けに待っているノルマ地獄

システム開発を手がけるN社長の会社に「残業」という概念はありません。裁量労働制を採用しており、「実績次第で出社日数に関係なく給料が支払われること」が社内規則で定められているからです。N社長は「ブラック会社0.2」。概念はありませんが、事実としての残業なら毎日あります。

ブラック会社の場合、失踪も含めて離職率が高く、いつも技術者を採用できるとは限りません。そこで「未経験者」でも採用するのですが、入社日にPC1台と仕事を渡せばN社長の仕事は終わりです。

「裁量労働制」ですから、できなければ「居残り」となるのは当然であり、すべてに自己責任が求められる職場に教育システムなどありません。反対に実力のある人がノルマを達成して裁量労働を理由に休暇を取ったからといって、N社長が怒ることはありません。しかし、休暇明けに待っているのは、それまで以上に過酷なノルマです。つまり休むと、「余裕がある」と見なされて仕事が上積みされてしまうのです。

N社長は大学生の時に米国に渡りシリコンバレーで研鑽を積んだ「起業家」です。彼にとって「不断の努力」は当たり前のことですし、未経験でも実力次第でのし上がれる「アメリカンドリーム」を信奉しています。そして、ブラック会社が生まれます。

ブラック会社が存続できている理由

N社長は「頑張った人間が評価される社会を築こう」という崇高なミッションを掲げて帰国しました。もちろん悪意などありません。

夜8時以降まで会社にいれば1,000円を夜食代金として支給し、終電後の社員のために仮眠施設として近くのアパートを借り上げて提供しているのも、仕事に没頭させるための気遣いです。未経験者に仕事を丸投げするのも、個人の頑張りを認めるために仕事のやり方には口を出さないということであり、休暇明けに仕事量を増やすのは「役不足」だったことを反省してのことです。

役不足とは、歌舞伎の世界で俳優の実力より劣る役を与えられたことにより真価を発揮できなかったという意味で、休めるほど「ヒマ」な仕事を与えて悪かったとN社長は考えます。

なお、ブラック会社の社員がすべて不幸というワケではありません。N社長の片腕の1人はいわゆる「ギーク」で、快適な作業環境と仕事のやり方に口出しされない今の職場を天国と思っています。気分が乗れば徹夜して飽きたら仮眠施設に帰って寝るという生活を送っており、「仮眠施設の主」と呼ばれています。40才で独身の「主」は親と同居をしており、自宅に帰ると「人生設計」について親から口うるさく言われるので帰らないという噂です。

もう一方の片腕も趣の深いタイプの人間です。業務以外で口を開くことはなく、いつも同じ時間に出社して、同じ時間に退社していきます。自宅にテレビがなく、見たい番組がある時は電車を乗り継いで「出社」し、会議室のテレビで視聴して番組が終わると帰って行きます。彼についてこれ以外の「私生活」を知るものは社内にいません。

ブラックに交われば黒くなる

ブラック会社の社員もまた心得たもので環境に「適応」しているわけです。全員がほぼ毎日終電近くまで会社にいますが、社員の間では、夕方まで居眠りをしたりネットサーフィンしたりして時間を潰すことを意味する「流す」という隠語が使われています。そんなこんなで、実働時間は普通の会社のサラリーマンより短い社員も少なくありません。

また、10時出社ギリギリまで仮眠所で寝て、出社後は自分のデスクで「瞑想」し、ランチを「朝食」にしている社員もいます。もちろん「夜食」も活用して食費を浮かせます。加えて、離職者の補充として毎月「新人」がはいってくるので、「歓迎会」を開くという理由で定時退社してリフレッシュも忘れません。もちろん、予定より早くノルマをこなして仕事を増やす「愚挙」にでる者などいません。

定着している社員はオタクが多く、アニメやゲームを筆頭に、彼らの趣味は競馬・パチスロ・モデルガンと多岐にわたるのですが、基本的には一人で楽しめるものばかりです。他人に「干渉しない」「されたくない」タイプの人間にとって、ブラック会社は意外と快適なのかもしれません。

N社長の崇高な理念はどこへやら。「時間を潰すことだけに頑張る人間」が評価される仕組みになるのが「ブラック会社0.2」なのです。

エンタープライズ1.0への箴言


「過剰な自主性への期待は裏目に出る」

宮脇 睦 みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi