次々と浮かぶ疑問が

今年は例年以上に厳しい批判が相次いだ「ユーキャン新語・流行語大賞」。

爆笑問題の太田光さんは、ラジオ番組で「どうしたんだろう。何かの意図があるような…そうなっちゃうよね」と疑問を投げかけ、大の野球ファンである相方の田中裕二さんも「野球ファンですら『それが流行語大賞はないだろう』と思っちゃう」と「トリプルスリー」の大賞受賞に首をかしげます。

この「トリプルスリー」の選考理由については、元フジテレビアナウンサーの長谷川豊氏がブログで、「テレビで放送されるため」と説明します。あくまで推測としながらも、発表のシーンにタレントやスポーツ選手がいないと、ニュース映像として使いづらいという理由です。

つまり、実際の流行度合いよりも、企業広報としての「大人の事情」が優先するというもので、説得力のある説明です。しかし、そもそも論で「新語・流行語大賞」には、今の現実が反映されない構造的な問題があるのです。

本当の流行語は白紙撤回

流行語大賞の公式サイトでは「新語・流行語」をこう定義しています。

この賞は、1年の間に発生したさまざまな「ことば」のなかで、軽妙に世相を衝いた表現とニュアンスをもって、広く大衆の目・口・耳をにぎわせた新語・流行語を選ぶとともに、その「ことば」に深くかかわった人物・団体を毎年顕彰するもの。

Twitterを例に挙げるまでもなく、ネット空間から数多くの「ことば」が発生する時代にあって、流行語大賞サイドから「ネット」への取り組みは見えてきません。また、選考委員の名前のなかに、ネット系に強いと思われる著名人も確認できません。

しかし、「ユーキャン版」でもノミネートされていた「白紙撤回」とは、東京五輪のエンブレムを巡る騒動も含まれていることでしょう。そのエンブレムを「白紙撤回」に追い込んだのは「ネット」です。さらに東京新聞が「2ちゃんねる」への投稿をもとに、差別について記事を書くなど、ネットとリアルが並び立つ時代であるにも関わらず、ネットを無視するのであれば「新語・流行語0.2」となるのは致し方ありません。

なお、「エンブレム騒動」についてネットが果たした役割については、オピニオン誌「WiLL」の今月号の拙稿にて詳しく指摘しています。すみません、宣伝です。

ダメよ~ダメダメとセットで

冒頭で紹介した太田光さんの発言には「政治色が強い」というニュアンスが含まれ、それはノミネート段階から各所で指摘されていました。また、「アベ政治を許さない」と掲げる政治運動の発起人の一人は、ユーキャン版の選考委員でもある鳥越俊太郎氏です。

その鳥越氏は「今年は自民・公明が支える安倍政権が衆・参両院で安保法制を強行採決した結果、国民の反対運度(原文のママ)も広がり、政治関連の言葉がどうしても多数となった」と選評を発表していました。

昨年は「集団的自衛権」と「ダメよ~ダメダメ」がセットで選ばれ、政治的傾斜が指摘されていましたが、限られた選考委員がすべての"ことば"に触れることは不可能なことは誰しも肌で感じとっている時代でしょう。嗜好が多様化し、メディアが多層化するなかで、流行の実体を完全に補足することは個人では叶いません。しかし、この解決策も「ネット」にはあります。

2007年より、ネット上の流行語を集計する「ネット流行語大賞」が始まりました。当初は「2ちゃんねる」で流通する言葉を中心にノミネートされて選定されていましたが、認知度が高まるにつれ、ゲーム・アニメファンからのある種の組織票が投下されるようになりました。

偏りは構わないのだが

産経新聞が参画して選定された、2010年の金賞はゲームキャラクターの台詞「そんな装備で大丈夫か?」、銅賞の「?イカ? ?ゲソ」はアニメキャラクターのもの。共通項が多いとはいえ、ネット民のすべてがゲームマニアやアニメオタクではありません。

なお、この年の銀賞は、尖閣ビデオ流出事件を指す「流出 (sengoku38)」。選ばれた言葉が、多くのユーザーの共感を集めないようでは「流行語0.2」。何より共感の欠如は、ネットにおいては「ユーザー離れ」を意味する死活問題です。

翌年から選定方法が変更され、2012年には「アニメ流行語大賞」が併設され、棲み分けに成功します。

ここから学ぶことは、「ユーキャン版」にも「反アベ部門」……コホン、「政治部門」を新設すれば良いということです。

なお、現時点でもっとも"しっくりくる"とネットで評判のランキングは「2015年 Google検索による流行語ランキング」。1月~11月末までの検索キーワードの集計で、順位は以下の通りでした。

大賞:マイナンバー
2位:ラッスンゴレライ
3位:エンブレム
4位:ドローン
5位:北陸新幹線
6位:あったかいんだから
7位:大阪都構想
8位:火花
9位:おにぎらず
10位:モラハラ

鳥越俊太郎氏が「どうしても多数」と主張する"政治関連"は「大阪都構想」のみです。

また、同じく今年の「ネット流行語大賞」の金賞は「五郎丸」で、銀賞は「ぱよぱよちーん」、銅賞は「ISIS/イスラム国」でした。この中から国内の政治関連をあえて挙げるとすれば「ぱよぱよちーん」で、どちらにせよ、「アベ政治を許さない」や「トリプルスリー」は、ノミネートすらされていない事実をここでお伝えしておきましょう。

エンタープライズ1.0への箴言


もはや流行とネットを切り離すことはできない

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」