みんな気になっている

「パパ、ウザイ」。娘を持つ父親にとって、もっとも耳にしたくない言葉ではないでしょうか。建築会社を営むY氏は「そんなつもりじゃなかった」とガックリ肩を落とします。Y氏の犯した罪は「ネット広告」で発覚します。

Amazonや楽天といった通販サイトにアクセスした直後から、同じジャンルの広告が繰り返し表示されるようになります。腹筋器具の「ワンダーコア」をチェックした人は、同種のトレーニングマシーンを購入する確率が高いのではという連想から、「ターゲット(標的、見込み客)」と絞り込み、同種の広告を表示させる「ターゲティング広告」と呼ばれる手法です。

これへのユーザーの本音は「ウザイ」。それが証拠にグーグルの検索窓に「ターゲティング広告」と入力すると「うざい」「消す」「無効化」といったサジェストが並びます。そして、そもそも論で考えてみれば「ターゲティング広告」に劇的な販促効果は望めません。

寂静感に包まれる

A氏は40才で亡くなった姉の子供を引き取りました。高校受験を控えた中学3年生の男子で、姉の死の直後から半年ほど児童相談所に預けられていた彼を不憫に思ってのことです。複雑な家庭環境からくる生活態度と、純粋な学力不足から、進学はむずかしいと児童相談所の職員に告げられていましたが、A氏夫妻に子供はなく、自営業ということもあり、夫婦して甥に張り付く三人四脚状態で、どうにか高校へ進学を果たします。

制服に体操着、カバンに革靴とすべてを揃え、入学式も終えてホッとした頃、それまで甥の引き取りを拒否していた甥の「実父」が現れ、引き取ると連絡してきました。

そして甥はその言葉を喜びました。実の親と暮らしたいと望む心を止めるコトなどできません。それ以来、音信不通になってるといいます。

A氏は当時を振り返りこういいます。

「なにが辛かったかって、甥がいなくなってからも、参考書や塾の広告が表示されることだよね」

履歴は削除したのに

これは、ターゲティング広告の「欠点」のひとつです。既に購入するなど、需要のなくなったユーザーにまで、行動履歴から広告を表示し続けるのです。実際には「プライバシー侵害」という懸念から拒否する機能を用意していますが、その機能を知らない人が大半で、だから「ウザイ」とサジェストにならぶのでしょう。

冒頭のY氏がお嬢さんに「ウザイ」と嫌われた理由もターゲティング広告です。不惑とはいえ、男の中身はいつまでも子供で、何かの拍子にエッチな画像を見つけて無視することは極めて困難です。

気がつけば、リビングにある家族共用パソコンで、エロサイトをサーフィンしていました。我に返ったY氏は、ブラウザの「履歴」を削除して電源を落としたのですが、翌日、娘が学校の宿題のためにパソコンを使用したところ、至るところで「エッチな広告」が表示され、母親に相談しエロサーフィンが発覚します。

帰宅後、言い訳を重ねるY氏に娘が言い放った言葉が「ウザイ」です。

消費意欲を刺激し、生活を活性化にするためにある広告が、家庭に不和の種をまいた「広告0.2」です。

"うっかり"と家族共用、もしくは職場のパソコンでエロサイトを開いてしまったときは、履歴の削除と共に「cookie」の削除しておくとより良いでしょう。ターゲティング広告は、サイト側が一時的にユーザーのパソコンに情報を書き込める「cookie」を利用しており、この削除により「足あと」をある程度削除することができます。

ターゲティング広告に効果はあるのか

数年前にターゲティング広告が登場すると、その効果は喧伝され、アマゾンがオススメ商品を表示する「レコメンド」と並び称されるほど持ち上げられましたが、その後「成功例」を耳にすることはあまりありません。

「ターゲティング広告」で検索すると、その仕組みを提供する会社や、支援・コンサルティングする企業のコンテンツばかりが表示されます。それもそのはずで、「ターゲティング広告以前」が非道すぎたからです。

マス(大衆)を相手にするテレビや新聞では、視聴者や読者層にあわて、時間帯や掲載位置を変えるものです。主婦の視聴者が多い平日の日中に洗剤のCMが多く、扇情的で悩ましい見出しが並ぶ写真週刊誌の広告が、一般紙のスポーツ面に掲載される理由です。

「ターゲティング広告以前」とは、こうした属性を無視していた「広告0.2」だったということで、「ターゲティング広告」になって、ようやくその他の広告媒体と同レベル=1.0になったということです。

しかし、その結果、「ウザイ」という悪感情が、広告主にも転写されかねない状況を生み出しています。今、ターゲティング広告には、「一定期間クリックされなければ内容を差し替える」「同じジャンルの広告は連続して表示させない」といった工夫が求められているのではないでしょうか。

エンタープライズ1.0への箴言


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宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」