広報と願望

衆議院選挙の喧噪の中、Web業界に飛び込んできたのが「インスタグラムがツイッターを抜く」というニュース。インスタグラム(Instagram)とは「写真」をコアとするSNSで、この月刊利用者が「短文」のツイッターを越えたというのです。

こぞってWeb媒体が取り上げ、関連する著名人がコメントを発し、2014年も終わりを告げようとするなか、Web業界の主役交代を伝える象徴的なニュース・・・と鵜呑みにするのは0.2。

「マイナビウーマン」では、米国のビジネス系情報サイト"BUSINESS INSIDER"の調べとして、若者(16~24才)の利用率が高いのは「タンブラー(Tumblr)」と伝えています。元記事を辿るとタンブラーはインスタグラムの約2割増しの利用率を誇ります。ならば、タンブラーの方が上ではないか……とは、少々意地悪ですね。これはWeb業界お得意のレトリックを用いています。2014年の最終号は、一年の締めくくりとして「0.2」なWeb業界の仕組みを紹介します。

統計は最強の販促

躍進しているのは事実でしょうが、そもそもこの情報は「インスタグラム」側の発信で、ツイッターとの正確な比較ではなく、米国においてライバル商品との「比較広告」や「ネガティブキャンペーン」は珍しくありません。

さらにWeb業界は「都合の良い統計」が大好きです。もはや社会インフラとなったWebですが、そのWeb上で発表される各種統計で「公的」な背景を持つものは少数です。先にタンブラーを2割増しとしたのは「16才~24才のアメリカ人」に限定した話であり、利用者全体ではありません。

つまり都合の良い一部を切り取った意地悪な「統計」。一方のインスタグラムはといえば全世界の利用者数ですが、ユーザーの70%は米国以外といいます。これもこの情報を読み解くポイント。

百聞は一見にしかずというように「写真」ならば言葉による説明がなくても理解できます。インスタグラムが気軽に国境を越えた理由はここにあります。また、インスタグラムはツイッターの「ハッシュタグ」や、フィスブックの「いいね!」といったと機能をインスパイアして、ユーザー同士のコミュニケーションも可能としています。ただ、ネット上での親密なコミュニケーションとは、やはり言葉によって成立するというもの。それ故に、北米の若者が「ブログ」を軸とするSNS「タンブラー」の利用に繋がっているのです。

Web業界とは特撮

それぞれのサービスには長所と短所があります。そしてそれが、それぞれのSNSの特徴です。

だから「どっちが勝った」などナンセンス。ましてや、比較の根拠もあやふやで、瞬間最大風速の可能性もあります。

ところが、とかく「勝ち負け」を喧伝するのが、日本のWeb業界です。これを理解するヒントが「特撮ヒーロー番組」にあります。

「秘密戦隊ゴレンジャー」から始まり、最新作の「烈車戦隊トッキュウジャー」まで38年にわたり続いている「スーパー戦隊シリーズ」や、最新作は四輪を駆る「ドライバー」になってしまった「平成ライダーシリーズ」は、どのシリーズも翌年には新作へと切り替わります。

どれだけ人気を博しても「放送延長」はあり得ません。特撮ヒーロー番組を支えるのは、おもちゃやグッズを売るスポンサーであり、新作の放送開始に合わせて、おもちゃやグッズが一新されます。新作が放送されなければ、新商品は発売できないからです。

例年2月に新シリーズが始まっていた「平成ライダー」ですが、「仮面ライダーディケイド」を半年で終了させて9月開始に切り替わりました。これは、年度末の同時期に始まっていた「戦隊」と「客を分け合う」ためという「大人の事情」です。

これがWeb業界に重なるというわけです。

タンブラーが注目されない理由

新しいWebサービスが注目を集めると、Web系情報紙は特集を組み、セミナーが開かれて解説書が売れます。

時にはテレビやラジオに呼ばれ、解説を求められる業界人もいます。その盛り上がりは「特撮ヒーロー番組」の新シリーズがはじまった直後のおもちゃ屋のようです。

しかし一巡すると、Web業界への注目はピタリと止みます。本質的なWebの話題は、一般視聴者に理解しがたい専門性を必要としており、一般人に理解できるWebネタは表面をなぞる「薄い」情報に過ぎず、すぐに飽きられるのは当然といえるでしょう。

そこで注目を集めるためにWeb業界は知恵を絞ります。「勝ち負け」は分かりやすく、「終わった」「死んだ」も魅力的なセンテンスです。

注目されたWebサービスにこれらの言葉を当てはめることで、特撮ヒーロー番組における「最終回」を演出し、「勝ち」や「新」、あるいは「2.0」を付することで、あたかも「新しい時代」がやってきたと錯覚させます。

これに成功すると、ふたたび雑誌が取り上げ、セミナーは乱立し、解説書が量産されます。つまり、これらは特撮ヒーローにおける玩具なのです。

「インスタグラムVSツイッター」は玩具を売るための公式に当てはめているにすぎません。ちなみに米国の若者が熱狂する「タンブラー」は、2007年よりサービスインしており、"新しくない"ために騒がれないというわけです。

エンタープライズ1.0への箴言


勝ち負けで語るのはWeb業界の大人の事情

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」