財務省陰謀論における狙い

財務省の息のかかったアナリストやメディアは「約束通り」と前置きし2014年4月からの増税を声高に叫びます。しかし「約束」の前には「景気動向」という付帯条件があり、「時期」はこの秋の政府の決断に委ねられているのが正しい「約束」です。そもそも「社会保障と税の一体改革」に伴う消費税増税だったはずが、社会保障は置き去りにされています。

また、すでに国の借金は1000兆円を越え、最低でも17%、試算によっては30%以上の消費税率にしなければ「財政健全化」が実現できないというのがエコノミストの共通認識。つまり、8%や10%では財政破綻から逃れることはできず、その1年先延ばし程度で「財政破綻」とは恫喝を通り過ぎた恐喝です。財務省の狙いは「10%以後」にあり、早期の20%以上の消費税率の実現のために、すべての子分を使い増税を扇動している…というのが「財務省陰謀論」です。

ところがその消費税を納めていない企業があります。アマゾンやグーグル、国内からは楽天です。もちろん彼らは脱税などしていません。「消費税0.2」が理由です。

脱落する税の仕組み

アマゾンの電子書籍サービス「キンドル」や、グーグルの提供する広告配信「アドワーズ」に消費税は不用です。拙著も「キンドル」より発刊し、国内の読者にお買い求めいただき、その書籍代に消費税はかかりません。消費税とは「国内商取引」に課せられますが、デジタルデータにおいて「役務の提供」が課税、非課税の境界となるからです。

語弊を怖れずに言えば「役務の提供」とは「販売場所」です。アマゾンの「キンドル」にならぶ電子書籍を、足立区のパソコンから買ったとしても、データを提供しているサーバは米国国内にあるので「米国で販売された商品」となり、消費税の課税対象外となるのです。グーグルの広告も同じです。先日、この問題を取り上げたフォーラムが開催され、末席に名を連ねたところ、国内で電子書籍を手がける老舗「イーブック」の担当者の嘆きが聞こえてきました。国内の電子書籍販売事業者には課税され、海外組は非課税。消費税が国内企業の競争力の足枷になっているというのです。また、同席したコンテンツ企業の担当者は、わずかな価格差で動くネットユーザー相手のビジネスにおいて「洒落にならない」と眉根を寄せます。

失われる総額は247億円

手持ちのプロ野球球団の優勝も見えてきた絶好調の「楽天」が、海外の電子書籍企業「コボ」を買収したのは昨年の話し。「コボ」からの配信は非課税です。大和総研の調べによれば、コボから徴税できなかった消費税は、2012年度だけで9億円にのぼり、海外企業による「非課税分」の総額は247億円と試算されています。

インターネット時代に対応していない消費税の仕組みが理由です。すでにEUは、この問題にひとつの回答を示しています。EU域外の業者は、域内のどこかの国に登録し、その国で消費税(正しくはVAT、付加価値税。以下、同)を一括納税し、各国の利用状況に応じて配分する仕組みを導入しているのです。これなら「取りっぱぐれ」はありません。EUはひとつの経済圏だからできた…という反論に、否が応でも思い出すのが「TPP」です。

貿易の自由化を目指すTPPとは、ひとつの経済圏を構築することと同義です。ならば地域で異なる消費税は重要な課題です。TPPの最大で最強の交渉相手は米国。そしてこの「消費税非課税問題」の主な対象企業は、アマゾン、グーグル、フェイスブック、ツイッターと米国企業です。日米で消費税を相互徴税する仕組みを構築すれば、「TPPで利益を得るのは米国だけ」と主張する反対派の「米国陰謀論」を一蹴することができるのです。それどころか、放置すれば反対派に論拠を与えることになります。

やはりTPPは米国の陰謀だった?

米国国内でも、州や地域で異なる消費税から、隣接する低税率の州への「逃避」が問題となっているからです(日経新聞平成25年9月7日(土)、英フィナンシャル・タイムズ特約記事)。ただし、税率は異なっても、米国国内のいずれかの州や地域には納税されます。一方、日本を放置することは米国の国益に叶います。自国企業の消費税を、制度上免除させることで、有利な競争条件を維持できるからです。まさしく陰謀派の主張する、米国と米国企業による、日本市場の簒奪です。

時期は未確定ながら増税は既定路線です。現状の制度では楽天におけるコボのように、海外に事業主体を移す「非課税化」が経営戦略上、重要となります。8%、10%、その先の17%、30%といった税率が価格競争力を意味し、増税のたびに国内企業が追い込まれるからです。結果、国内企業は壊滅し、法人税と従業員の所得税、雇用そのものが失われ、事業活動と従業員の生活に伴う経済波及効果も喪失し、非課税消費税以上の税収が失われます。これだけみても「消費税0.2」です。

さらにネット取引は、ほぼ100%「消費者」を特定できます。つまり先のEUの仕組みを基本とすれば、低い徴税コストで公平な課税が実現できる「もっとも消費税に適した市場」が「ネット」なのです。ところがそこでの課税逃れが合法化されている「消費税0.2」。増税の前にやるべきことがあるのです。

最後に先のフォーラムにオブザーバー的に参加していた植村八潮 専修大学教授の言葉を紹介します。

「有利な環境をよこせというのではない。公平な競争環境を求めているだけだ」

エンタープライズ1.0への箴言


「増税の前にやることがいっぱい」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」

食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~

著:宮脇睦
フォーマット:Kindle版
ファイルサイズ:950KB
発行:2013/7/10
販売:Amazon Services International
ASIN:B00DVHBEEK
定価:300円
内容紹介:政治マニアで軍事オタクでロリコン。彼らが創り出すのがネット世論。ネット選挙が盛り上がらなかった理由はここにある。
そしてネットは政治家も有権者も「幼児化」させる。ネトウヨも放射脳も幼児化の徒花だ。
ネット選挙の解禁により、真面目な議員は疲弊し、誤報や一方的な思いこみを繰り返すものが政治家になった。
山本太郎氏の当選とは「政治の食べログ化」によるものなのだ。