ダダ漏れ省庁

グーグルグループによる情報漏洩が相次いで報じられています。第一報は平成25年7月10日の読売新聞によるスクープで、環境、国土交通、農林水産、復興の各省庁のメールが閲覧できる状態になっており、プライベートに近い情報を含めると、厚生労働省、財務省、防衛省でも閲覧可能になっていたとあります。他にも医療機関や介護施設、中高生の個人情報が晒されており、同8月10日で産経新聞が報じたところによると、早稲田大学でも800人の個人情報を、第三者の誰でも見ることができたといいます。

事件の舞台となった「グーグルグループ」とは、登録ユーザー同士での情報共有を可能とするもので、コミュニケーションアプリ「LINE」のグループ機能のグーグル版とイメージすれば分かりやすいでしょうか(注:サービスインはグーグルの方が圧倒的に早いのですが便宜上)。LINEとの最大の違いであり、問題の引き金は基本設定が「公開」になっていたことです。つまり、すべてのメールのやり取りを、外部に公開する設定になっていたのです。

事件を受けて、新規登録分よりグループ内のみの公開に変更されました。

読売新聞は、情報管理に詳しい板倉陽一郎弁護士の話として「国家の情報を共有するのに、公開範囲も確認せずに流出させたのは言語道断だが、そもそも省庁が安易に無料サービスを使うこと自体が問題。(後略)」と指摘します。しかし、これだけでは問題の本質に辿り着きません。

専用システムから汎用機へ

中堅物流企業のS社は、配送伝票のOA改革に取り組みます。20世紀からコンピュータは利用していましたが、昭和時代のオフコンの流れを組むシステムは時代遅れで、早急な対策が求められていました。そこで資本関係こそありませんが、取引の7割を占める事実上の親会社が導入しているシステムを購入することにしました。

S社にはオフコンのオペレーターという専門職がいます。まず、その専門職から不満の声が上がります。従来のシステムと入力インタフェースが大きく異なるからです。従来のシステムはキーボードによる操作ですべて完了する設計で、マウスが一般化する前のコンピュータはこれが当たり前でした。ところが新システムでは、各所でマウスの操作を強要されます。専用システムから汎用品に乗り換えるときに、よくあることともいえますが、汎用品であるウィンドウズシリーズを利用している、営業部門からも使い勝手への不満が上がります。

いまだに軍隊式の発想

こちらの苦情は、マウスの操作性の悪さです。ダブルクリックとシングルクリックが混在し、マウス操作による範囲の一括指定ができず、項目をひとつずつクリックするか、表計算ソフト「エクセル」のように、キーボードで範囲を指定する数式を入力しなければなりません。2014年の4月にサポートが終了するウィンドウズシリーズの「XP」どころか、「95」の前身である「ウィンドウズ3.1」をベースに設計されていたことによります。それは、もともと一般向け販売を想定せずに設計されており、インターネットへの接続を想定せず、親会社の求める機能、操作性を満たせば充分だったからです。業務用ソフトを各企業が独自開発していた時代、汎用性という思想はありません。自社の使いやすさだけを追求するのが、独自開発のメリットだからです。

こうした数々の不満をS社の社長はひと言で一蹴します。

「慣れろ」

使いにくいとは「慣れ」の問題と相手にしません。かつての帝国陸軍では、支給された軍靴が足のサイズに合わないとき、

「(足のサイズを)靴に合わせろ」

と言われていたことを思い出します。

政府の仕組みも同じ

報道によると、官公庁にある既存のシステムが「使いにくい」という理由で、グーグルグループが利用されていたといいます。読売新聞で板倉弁護士が指摘するように、公開範囲の指定の不備や、安易な無料サービスの利用は問題です。しかし、それら以上に

「使いにくいシステムを改めない」

組織の体質こそが問題の本質です。便利に流されるという人間の真実に立てば、使いにくいシステムを使うわけがありません。そして不便の放置とは軍靴に足のサイズを合わせろという発想と同じ。そして同じ過ちを繰り返す火種を残します。最先端であるはずのシステムの世界において、いまだ戦前の精神論がまかり通っていた「システム0.2」です。

道具とは作業効率を高めるために存在し、コンピュータや、ヤスリに包丁、耳かきが生まれた理由は皆同じです。そしてヤスリで魚をおろすものや、包丁で耳かきをする人は、たぶんいません。コンピュータシステムも道具に過ぎません。ならば、各省庁にまたがって「使いにくい」と自覚するシステムこそが問題なのです。読売新聞の後を追った各報道でも、システムそのものを問題視する指摘はありません。道具を大切に使いこなそうとするのは日本人の善性です。しかし、コンピュータシステムは、便利を実現するために作り込んでいく性質の道具で、不便と感じながらの使用は、本当の意味で大切に使っていないことに、戦後68年の夏を過ぎたのですから、早く気がついて欲しいものです。

エンタープライズ1.0への箴言


「システムに合わせるのではない。システムは人のためにある」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」

食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~

著:宮脇睦
フォーマット:Kindle版
ファイルサイズ:950KB
発行:2013/7/10
販売:Amazon Services International
ASIN:B00DVHBEEK
定価:300円
内容紹介:政治マニアで軍事オタクでロリコン。彼らが創り出すのがネット世論。ネット選挙が盛り上がらなかった理由はここにある。
そしてネットは政治家も有権者も「幼児化」させる。ネトウヨも放射脳も幼児化の徒花だ。
ネット選挙の解禁により、真面目な議員は疲弊し、誤報や一方的な思いこみを繰り返すものが政治家になった。
山本太郎氏の当選とは「政治の食べログ化」によるものなのだ。