読売新聞の潔さ

今年のバレンタインデー、読売新聞朝刊のトップ記事は「参院選からネット解禁」でした。報道各社はネット選挙に前のめりになり、読売新聞も例外ではありません。選挙後の7月23日の朝刊「江東版(地域面)」で「ネット選挙効果は上々」という見出しで、落選した民主党鈴木寛氏の取り組みから紹介します。イヤミでしょうか。しかし、よく見ると見出しの下に、とても小さな文字で「?」が添えられていました。その三日後の7月26日、社会面にて「ネット選挙空振り」と敗北を宣言します。

総論で言えばネット選挙は盛り上がらない0.2でした。能動的に情報を取りに行くネットです。そもそも論を持ち出せば、わざわざ自分時間を割いてまで、政治家の情報を求める有権者が少ないからです。ただし、各論で言えば「ネット選挙」は盛り上がり、そして問題が浮き彫りとなりました。タレントの山本太郎氏の当選です。それは「政治の食べログ化」です。

往生際の悪い日経新聞

報道各社がネット選挙に前のめりになった大きな理由はふたつ。無知とお金です。本コラムをお読みのみなさんの想像を絶するほど、大マスコミはネットに無知です。無知ゆえに影響力を過大評価していたのです。そして、もうひとつが「お金」。ネット選挙が盛り上がれば、ネット系のスポンサーが喜ぶのです。読売新聞の出口調査では、ネット情報を参考にしたと回答したのはわずか2割です。ところが、日経新聞は「半数が参考にした」と報じます。ネット調査会社マクロミルが、投票を締め切った7月21日(日)の午後8時から翌月曜日の朝8時までの調べたもので、まともな大人なら週明けの仕事に備えて早く寝ている時間の調査です。しかも半数とは二十代に限定したもので、見事なまでの偏向報道です。日経新聞はベンチャーやコンピュータなど系列雑誌をもっており、スポンサー企業に「配慮」する記事が得意技です。

もっとも、スポンサーへの配慮はどのメディアにもあることです。本コラムはほぼタブーなしで執筆させていただいておりますが、別の原稿では書き換えを迫られることは珍しくありません。そして同様の主張を繰り広げていたのが、無所属で東京選挙区より出馬していた山本太郎氏で、脱原発発言を繰り返したことでタレント業を干されたと言い続けています。

ネット選挙のお手本

これも報道各社が正しく伝えないところですが、山本太郎氏はネットを駆使して当選しましたが、候補者によるネットでの情報発信が勝利に結びついたわけではありません。街角で有権者と握手を繰り返し、記念撮影に応じ、その接した有権者が各々情報を拡散したことによる勝利です。ソーシャルメディアの使い方としては、まさにお手本と言っても良いでしょう。しかし、同時にネット選挙に禍根を残したのも山本氏です。

「干された」発言ですが、筆者が愛聴するFMラジオ局「NACK5」で、彼は震災直後からレギュラー番組を開始していました。坂本龍一氏を挙げるまでもなく、ワイドショーで小金を稼ぐテレビコメンテーターをみれば脱原発派のほうが多いぐらいです。すると「干された」理由は別の所にあると考えるのが自然です。

また、街頭演説で繰り返した、

「福島は20ミリシーベルト、チェリノブイリは5ミリシーベルト」

とは彼が言うところの「強制移住」となる基準値(※多分、居住禁止、非難基準のこと)ですが、事実誤認です。

チェリノブイリの事故直後は100ミリシーベルトで、段階的に数値を下げていき、4年後になって福島と同じ基準の20ミリシーベルトまで下がり、山本氏の主張する5ミリシーベルトとは、事故から5年が過ぎた後の基準です。これについては、事故の地元である福島民報が今年の4月にも報じています。

第二部安全の指標(番外編) | 東日本大震災 | 福島民報

とばっちりを喰ったのか?

山本太郎氏は事故直後からこの主張を繰り返していました。つまり2年間、事実を誤認したまま叫び続けているのです。先の「干された」も同じです。これらを「ぶれない姿勢」と評価した有権者が山本太郎を国会に送り込みました。これをわたしは「政治の食べログ化」と名付けます。

ご存じ「食べログ」とは飲食店の口コミサイト。ただし、投稿者の大半は素人で、記述は主観によるもので、論拠も根拠も不用です。事実誤認も珍しいことではありません。同様に主観や事実誤認を訂正することなく放言し、それを信じる有権者により政治家が生み出されたのです。公人となった以上、事実誤認のまま放言することはできない…はず。今後に期待する意味から「0.2」の称号はひとまず保留としておきます。

さて、福島における20ミリシーベルトを文部科学省が定めたときの副大臣が、先の読売新聞取材に答えていた鈴木寛氏。そこから、あの時の大臣を国会に戻すなと山本太郎氏は攻撃を仕掛けます。他にも事実を確認できない発言を繰り返し、山本氏は当選し、鈴木寛氏は落選します。鈴木寛氏は「ネット選挙」を主導してきた人物。あの楽天市場の三木谷浩史氏も肩入れしていたほどネットに精通している議員が、解禁されたネット選挙により敗北するとは歴史の皮肉です。

もっとも鈴木寛氏もネット選挙に汚点を残します。改正公職選挙法において個人でのネット広告の出稿は禁止され、党が候補者の写真や名前を使って広告を出すことはグレーゾーンとされていました。選挙期間中「参議院東京」でグーグル検索すると「鈴木寛民主党」の広告が出てきます。みずからルールを作った法律の隙間を自らが突く。まるで村上ファンドです。策士策に溺れての落選です。

エンタープライズ1.0への箴言


「政治の食べログ化がはじまる…はじまっていた」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は6月11日に発行された電子書籍「完全ネット選挙マニュアル それは民主主義の進化か、それとも自殺か」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」

食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~

著:宮脇睦
フォーマット:Kindle版
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発行:2013/7/10
販売:Amazon Services International
ASIN:B00DVHBEEK
定価:300円
内容紹介:政治マニアで軍事オタクでロリコン。彼らが創り出すのがネット世論。ネット選挙が盛り上がらなかった理由はここにある。
そしてネットは政治家も有権者も「幼児化」させる。ネトウヨも放射脳も幼児化の徒花だ。
ネット選挙の解禁により、真面目な議員は疲弊し、誤報や一方的な思いこみを繰り返すものが政治家になった。
山本太郎氏の当選とは「政治の食べログ化」によるものなのだ。