世界を目指して日本一を逃す

国内最大のネット通販企業は「アマゾン」だと報じられました。米国の証券取引所に提出された年次報告書によれば、2012年の日本国内での売上が78億ドル。本稿執筆時のレート1ドル=93円で換算すると7,254億円。国内最王手のインターネットショッピングモール「楽天」が、2013年2月14日に発表した2012年の売り上げが過去最高で4,434億円。過去最高でも3000億円近くのひらきがあります。物販のアマゾンと、テナント賃貸しの楽天ではビジネスモデルが異なりますが、母国語を捨て、社内公用語を英語に改宗してまで、世界を目指している楽天が、その世界からやってきたアマゾンの後塵を拝している事実は、ネットビジネスの真実を示すアイロニー(皮肉)です。

アマゾンの創業者で最高経営責任者のジェフ・ベゾスは、日経ビジネスオンラインの取材に「地上で最も顧客中心の会社」をアマゾンの目指すビジョンと語ります。アマゾンでは「この本を読んだ人は」と類書を紹介し、「あなたにオススメの本は」とメールが届きます。「リコメンド(推奨)」と呼ばれる機能で、いまでは珍しくありませんが、2005年頃にはすでに実装されていたと記憶しています。精度についての賛否はともかく、このころからお客を強く意識していたことだけは疑いようがない事実です。

ビッグデータの萌芽

リコメンドの仕組みは、利用履歴や閲覧記録から趣味嗜好を割り出し、同様の商品を求めていた人との差分を提示するものです。原理は単純ですが、膨大なデータを集め不断の検証が不可欠なことから、他の企業が追随するまでかなりの時間を要しました。ちなみにいま「ビッグデータ」と大騒ぎしているものは、このリコメンドと同じ発想で、アマゾンの実装から8年経った今になって大騒ぎしているウェブ業界は今日も平和です。

とある地方都市のY市長は次世代のリーダー候補として注目を集めています。父親の急逝により地盤を継ぎ、地方議会議員に当選した当初は目立つ存在ではありませんでしたが、地元自治体の首町選挙に当選してから日を追って存在感が増していきます。いずれは国政を狙っていくという噂もあながち遠くないでしょう。

Y市長のスローガンは「市民ための市政」です。機会を見つければ市民と直接対話し、膝詰め合って不満に耳を傾けます。ある日、気になる話題を耳にします。地域の有力者が「市のホームページ」を使いづらいというのです。

目的別タブというあるある

市役所に戻ると、すぐに担当課長を呼び、ホームページの利用状況を報告させますが要領を得ません。Web担当といっても肩書きは広報課課長で、ネットに特に詳しいわけではなく、そもそも「使いづらい」といっても、何をもってかわからず、どれを報告して良いか分からないと担当課長は頭を抱えます。その態度に苛つきながらも、Y市長とてウェブの素人。自分が欲しい報告の種類すら分かっていません。しかし、Y市長にとって市民の声は、いずれ自分を国政に誘う神の声です。応えない訳にはいかないとリニューアルを命じます。

呼びつけられたホームページ製作業者も頭を抱えます。「見づらい」というのは主観に過ぎず、十人十色のパラレルワールドです。具体的な問題点がわかれば、改善は容易いものですが、それがわからなければ手のつけようがありません。しかし、市長の命令は絶対で、早期の結果を求めます。そこで業者が提案したのが従来のホームページの外側に「タブ」をつけることでした。「子育て」「シニア」「観光」と「目的別」のタブをつけることをもって「利用者の便利」として、それぞれに該当する情報を寄せ集めたインデックス(目次)ページをつくりました。目立つ見た目に手を加えてお茶を濁すのは、ホームページの「リニューアルあるある」です。

動線を導線にかえる努力

さらに各ページに「このページは役に立ちましたか?」と簡易アンケートを添えます。これも「訪問者の声を聞く姿勢」を見せるためだけの常套手段で、ホームページリニューアルの「あるある」。訪問者は「役立たず」と思った刹那、ブラウザの「戻る」ボタンをクリックして立ち去るのでアンケートになど協力しません。つまりうった施策は役立たずな「あるある0.2」です。

そもそも、ホームページは閲覧されるとサーバ上に「アクセスログ(=ログ、記録)」が残ります。先の有力者が訪問した日時が分かれば、どこで脱落したのか、挫折したのかを調べることは可能です。しかし、担当課長は市長の顔色を、製作業者は担当課長のご機嫌を図るばかりで「客の声」をみようとせずに「あるある」に逃げたのです。そしてY市長は「あるある」でも満足します。市民の心からの満足ではなく、市民の声に応えたという事実のみが大切だと考えるからです。

アマゾンのリコメンドも基本は同じ。ログをもとに訪問者の実際の動きである「動線」をチェックして、オススメの商品への「導線」へと転換することを目指します。これが利益に直結します。つまり「客の声」に耳を傾ければ、利益を生むのがネットビジネスのポテンシャルです。国内最大のショッピングモール「楽天」の直接のお客は楽天市場の中に店を構える「出店者」。訪問者を第一義の客とするアマゾンとの違いがここから透けて見えます。

エンタープライズ1.0への箴言


「ログ解析で客の声を知ることができる…のも、あるある」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」