県の問題ではなかったのか

埼玉県の教諭が勤務中にナンパブログ。とネットニュースに躍ったのは、立春を過ぎてしばらくのことでした。ブログで書きためた「ナンパ指南」を販売していたことが発覚し、停職処分を受け依願退職します。

販売理由を「金儲け」と聞いてやけに納得できたのは、退職金の減額を嫌い学期途中で多くの教員が職を放り出した埼玉県の事件だからです。3月末まで勤め上げたときの退職金の差額が150万円と報じられましたが、それは月収40万円による試算で、年度末まで勤め上げれば2ヶ月分80万円の月給が支給され生涯賃金としての差額は70万円。しかし、そもそもおかしいのは、2011年の総務省のデータによれば、埼玉県職員の平均給与は約45万円で、その平均年齢は44才です。60才の退職時に、これより少ないわけがありません。推論に過ぎませんが、発表されているより遥に多い「退職金」を隠すために、低い数値で発表したといぶかります。

いずれにせよ、退職者のなかには学級担任もおり、仮にそれが中学三年生の担任なら、公立高校の受験の最中での退職は教え子の将来より目先の数十万円が大切だという実践教育は見事。もちろん、イヤミです。そして今回はこの元教員が目指した金儲けにみる0.2です。

サラリーマンの小遣い稼ぎなら

はじめてこのコーナーをお読みのかたのために補足すると、その道において最低限のノウハウ、スペック、心構えをもっている状態を「1.0」として、未熟者や半人前の「0.5」にも満たない状態を「0.2」としております。かつての「2.0」ブームのアンチテーゼです。

元教員を仮にWとします。彼は製本したものを1冊3万円で販売し、発覚までの20ヶ月で90万円を売り上げていました。経費を惜しんだのか、勤務先の学校の機材を使い製本していたことで事件が発覚します。たった90万円で教職を捨てた計算で、教員になるような人は目先の現金に弱いということでしょう。それはさておき、Wはこの商売の本質を理解していない0.2です。

Wのビジネスモデルはナンパ指南のような「ノウハウ」という「情報」を資本金がわりに起業することから、インフォメーションとアントレプレナーを併せ「インフォプレナー」と呼ばれます。Wは紹介したナンパのストーリーを、他人の話を参考にしたフィクションであると自白していますが、これは0.2の理由ではありません。先の説明で「培ったノウハウ」としていないように、情報商材においてのノウハウが、誰かからのパクリ…借り物であることなど、珍しくも何ともないからです。

ある集会の密談

わたしはかつて「培ったノウハウ」を販売していたことがあります。その縁で、インフォプレナーの知人もでき、その筋の会合にも出席し、その舞台裏を知りました。それが「培ったノウハウ」であっても販売に消極的になったのは彼らのビジネスの仕組みにあります。

「ノウハウ」を売っている連中は、ピーター・ドラッカー、アンドリュー・カーネギー、スティーブン・コビィー、ジャック・ウェルチといった著者の作品について「情報交換」をしており、ある一冊を指してこう評しました。

「セミナー3回分のネタになる」

彼らは本に登場するエピソードや教訓を、セミナーで披露し、ブログのなかで我がことのように語ります。

そもそも、すべてのノウハウにいえることですが、万人に対応するメソッドなど存在しません。公文式や進研ゼミ、フクロウ博士でも、やる気スイッチを押せない生徒が必ずいます。ところがインフォプレナーは誰でも成功できるかのように語ります。凡人でもできた、倒産から100日で年収1億円、ハゲでももてる等々。仮にそれが事実であっても、偶然に導かれた成功譚であり、千載一遇をものにした檄レアな奇跡で、竹藪の中から1億円を見つけるより難しい話しを語っているのです。しかし、それでも「誰でも」の論法が成立するところに、彼らのビジネスの真の仕組みがあります。

マスコミが加担する

それは「情報商材を売るためのノウハウ」が真の商品であり、ノウハウを売って儲けたいと願うカモから、金を巻き上げるビジネスモデルだからです。愚にもつかない「ノウハウ」でも、他人の本からの上澄みの「引用」であっても、売れた事実がノウハウを裏書きします。

「あなたはお金を払ったでしょ。それがこのノウハウの実力だ」

まるで詐欺ですが、片側に事実がある以上、罪に問うのは困難です。さらにインフォプレナーの商材を買う客の大半は、楽して儲けたいという強欲な野望を秘めた小市民です。これを「屁理屈」と喝破することもできないまま、共犯者か賛同者に堕していきます。ただし、ビジネスは自己責任。インフォプレナーのビジネスモデルを良しとしませんが、ナンパのノウハウ…もっともフィクションですが…の販売だけを目指したWを「0.2」とする理由です。

しかしWの稼いだ90万円とは、一冊800円で印税1割の新書なら1万1千冊ちょっと。長引く出版不況で1万部売れる本も少なくなった嘆く編集者を探すのに苦労はしません。この実績を元にナンパ作家として出版社に売り込めば…と、作家稼業のその道は、気を失うほどの茨が敷きつめられた道であり、「お金」が大好きな先生が目指す道ではないですね。

エンタープライズ1.0への箴言


「情報商材の大半はフィクション」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」