結構なベテラン

わたしは18才のときに父を亡くし、喪主として送りました。死亡宣告の数時間後には葬儀社との打ち合わせが始まります。母は離婚していませんでしたが、幸いにも近所の年長者達のアドバイスで「見積もり」が完成しました。そして最後に葬儀社は言いづらそうにこう切り出します。

「これに消費税がかかります」

この年の4月より日本では消費税が導入されたのでした。あぁそうか、ひとが死ぬことも「消費」だとすれば気の利かないジョークだと、肉親を亡くした悲しみのなか、浮かんだ皮肉を噛みしめたことを今でも思い出します。

2030年には日本国民の3割が65才以上となるどころか、75才以上が2割を占めると推計されています。そしてひとはいずれ死にます。ゆえに次のビジネスチャンスは「葬儀」と言われています。若くして喪主を経験したがためか、葬儀社と縁があり、何社とも仕事をしましたが彼らの多くは0.2です。

イオンのテクニック

イオンが葬儀ビジネスに参入して3年となります。イオンは不透明な葬儀料金をわかりやすくすることで「安心」を掲げます。実際、葬儀の料金は不透明で、裏事情をしれば「ぼったくり」という表現もあながち遠くはありません。

それではイオンの葬儀は…といえば、料金体系は明瞭にしています。しかし、料金の妥当性については語っておらず、つまりけっして安くはありません。当たり前です。イオン自身も安くなるとは言っていないからです。従来の葬儀料金が不透明かの印象を与えておき、対して明瞭であるから安心で、そこから誠実な価格設定にしていると錯覚させるのは広告の常套手段であり、さすがイオンだとニタリとします。ちなみにリフォーム詐欺の会社でも見積もりの項目は「明瞭」です。また人口の密集する東京近郊は、葬儀社がひしめき合っており、いまどき「不明瞭な見積もり」をだす業者はほとんどいません。

イオンがサイトで謳う「すべてセットの」という葬儀プランも「すべて明瞭」ではありません。小さな文字で追加料金が発生する場合があると記され、お通夜や本葬のあとの飲食、いわゆる「精進落とし」の料金は明示されていません。さらに坊主に支払う読経や戒名へのお布施は「コールセンター」へ問い合わせしなければなりません。

商談の場に過ぎない

イオンのサービスを否定しているのではありません。むしろ誉めているのです。当たり前のことを、高らかに宣言する厚顔さは広告においてとても大切なことだからです。先に指摘したように、いまどき不明瞭な見積もりをだす葬儀社は希です。しかし、それでも葬儀への不満が聞こえてくるのは、遺族が細かな説明を聞き逃していることにも理由があります。そもそも葬儀社にとって葬儀はセールスの場で、彼らが売り込むのは当然ですが、それを「弱みにつけ込んだ」とする「逆恨み」も少なくないのです。わたしは何度か身内の葬儀の見積もりに立ち会いましたが、料金体系に踏み込んで訪ねて、説明を拒んだ葬儀社などありません。十代で喪主を経験したためか、近親者であっても葬儀に際して淡々と商談をすすめられる特技を持っています。

ただし、商談の場だからこそ、言ってはならないことがあります。ホームページに「真心からの奉仕」と謳うA葬儀社。歴史もふるく地元では名の知れた葬儀社です。なお、いつもの通り、キャッチコピーは意訳しています。実在の業者が同じ言葉を掲げていても、そこの話しではありません。

ある葬儀の打ち合わせで、喪主が話しを二転三転します。

いってはいけない

故人を送ることも大切ですが、残された家族の生活を考えれば、抑えるものは抑えたいというのが遺族の本音です。まもなく50才の男にしては、見栄と節約の振れ幅が大きすぎる喪主にも問題があるのですが、最愛の妻の死に気が動転しているのだという解釈もできなくもありません。

葬儀のオプションに「六文銭」というものがありました。三途の川の渡し賃として、棺に入れてご遺体とともに焼きますが、耐熱性が高く燃え残り「形見」にできると売り込みます。もちろん有料です。喪主が戯れに「六文銭」は模造通貨に過ぎないのではと効能について揶揄すると、葬儀社の担当はしれっとこう答えます。

「所詮、迷信ですから」

正直さは真心の発露かもしれませんが、迷信で金を稼いでいると告白する「葬儀0.2」です。仏衣にしても位牌にしても仏陀の教えにあるものではありません。しかし、遺族や縁者が心の区切りつけるためには、多少の演出も必要で、葬儀社はその手伝いをして収入を得ているのです。それを「迷信」とは身も蓋もない。まるで「夢と魔法の王国」のキャラクターが、背中のジッパーを卸して「人が入っているよ」と告白するようなものです。

さすがにこの葬儀社は口が滑りましたが、葬儀社ではもっと身も蓋もない会話が日常的になされています。一例を挙げれば「ご遺体」を収入源として、「仕入れ方」について得意げに語るなど、さすがに記事にするのが憚られるような世界です。そんな業界に「サービス業」としての感覚を持ち込んだイオンの葬儀参入は意味があるかと思います。ちなみに実際の葬儀は、イオンと提携した従前の地元の葬祭業者がおこないます。

ところでイオンの葬儀はイオンカードで支払えます。すると毎月10日の「Wポイントデー」の葬儀で、ポイントが2倍つくのでしょうか。ならば葬儀を1日ずらしても家族の葬儀でWポイントをゲット…なんだか切ない話しですが。

エンタープライズ1.0への箴言


「悲しみの中でも冷静に計算を」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」