倫敦五輪の銭儲け

まもなく開幕する倫敦五輪。漢字で綴るのは「ロンドン」と「オリンピック」を使うとお縄を頂戴するかもしれないから……、というのは冗談ですが、オリンピック関連の肖像権や商標権を、国外ではIOC(国際オリンピック委員会)、国内ではJOC(日本オリンピック委員会)がガッチリと押さえており、広告や宣伝においてはオリンピック関連のキーワードの使用を禁じています。これを実現すべく、ロンドンの街に250人の警官を巡回させ、無許可のオリンピック便乗広告を取り締まるといいます。

イベントなどに乗じる広告手法を「アンブッシュ(待ち伏せ)マーケティング」と呼びます。これを野放しにすれば、いわゆる「公式スポンサー」のメリットが失われてIOCやJOCの収入が減ります。収入が減れば、選手の育成や強化のために使えるお金もなくなり、引いてはオリンピックそのものの魅力も失われていく……という理屈はわかります。

しかし、ロイターが報じるところによれば、北京五輪までの4年間で25億ドル(1ドル80円とした現在のレートなら2,000億円ですが、当時は2,600億円ぐらい)の収入を得ているとあります。はたして、選手育成にそれほどのコストがかかるものでしょうか。

白いネコの家族のキャンペーン

そのほか、大会スポンサーからの広告収入、グッズのライセンス料、これに「チケット代」が加わり、一説によれば北京五輪は4,000億円を上回る収入があったと言われています。にもかかわらず、ロンドン五輪では「ロンドン」というキーワードも規制の対象となり、テムズ川で産湯をつかったロンドン子が、地元「ロンドン」を使えないという異常な事態が伝えられています。

さて、まもなく創業30年を迎えるある中堅運送会社は「イベント企画会社」の側面も持ちます。荷物を右から左に運ぶだけの会社でしたが、創業20周年に記念イベントを開催し、それを手がけた社員を中心に「イベント企画」を新規事業として立ち上げさせたのはI社長です。

そして、30周年を記念して「白いネコの父さんと家族のものがたり」という通年キャンペーンをイベント事業部が立案します。それは、ある日、白いネコに変身した父親とその家族を巡る物語で、あのケータイ会社のCMをモチーフ……いやパクっていることは、兄が色黒のヒップホッパーで、妹はそこはかとなく上戸彩に似ているという設定からも明らかです。

始まりがオリジナルとは対極だった

事業部の狙いはもちろん「アンブッシュマーケティング」です。ケータイ会社が新CMを発表するたびに、もじったCMを発表する計画でした。発表の場をWebに限定することで広告費用を抑えることができます。フラッシュアニメなどの動画はYouTubeに、四コマ漫画はFacebookに投稿し、もちろんツイッターでもつぶやきます。

「パクりじゃん」と話題になってくれればしめたもの。うまくいけば「炎上マーケティング」へとランクアップします。「炎上マーケティング」とは、わざと批判されるような発言をして注目を集める手法です。日頃からイベントに携わっている彼らは「悪名は無名に勝る」という言葉をよく理解しています。

企画書を見たI社長は眉根を寄せこういいます。

「ネコはやっぱり三毛だろ」

社長が引っかかったのはネコの毛色です。そこで、「アンブッシュマーケティングゆえの白い毛」だと説明すると、記者の発言の揚げ足を取る菅直人前首相のような嫌らしい笑顔を浮かべてこう言います。

「当社はオリジナリティのある会社だ」

事業部の創設メンバーは思い出します。そもそも、このキャンペーンはイベント会社に発注する予定で、企画書と見積りを提出させたところ、見積り額に驚きキャンセルし、コピーしてくすねておいた企画書を社員に押しつけたのがイベント事業部の始まりでした。つまり、オリジナルとは対極のスタートを切っていたのです。

消費税商戦でイトーヨーカドーに大敗したダイエー

かくして「三毛猫父さんと家族の物語」が始まり、注目されることもなく静かに自然消滅した「アンブッシュマーケティング0.2」。元ネタがわからないパロディなど成立しません。便乗する時は、便乗しているとわからせることも大切なのです。下手にオリジナリティを出したことで取り返しがつかなくなることもあります。

1998年の年末。前年の消費税増税に庶民の不満が溜まっていた頃、イトーヨーカドーが仕掛けた「消費税還元セール」は空前の大ヒットとなり、多くの企業が便乗しました。しかし、最大のライバルだったダイエーは、1万円以上のお買い上げで500円の金券進呈とアレンジします。不況に喘ぐ庶民に1万円という壁は高く、客で溢れかえるイトーヨーカドーとは対照的に、ダイエーの店舗では閑古鳥が鳴いており、これがダイエー凋落の引き金を引いたといっても過言ではありません。

ところで、ロンドンオリンピックの次の次のオリンピック開催地として「東京」が名乗りを上げています。先に触れたように、IOCやJOCはアンブッシュマーケティングを廃絶するために、地名まで規制しています。すると、無事開催に漕ぎ着けた時、東京の代表的なお土産である「東京バナナ」は販売自粛に追い込まれ、町内会の盆踊りから「東京音頭」が消滅するのでしょうか。

エンタープライズ1.0への箴言


「便乗するなら敬意を持ってわかりやすく」

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」