記憶が消えない時代の新常識

自動車電話が進化して、携帯電話となりました。しかし今、携帯電話を使用しながら運転すると罰せられます。携帯電話の普及により、運転中の携帯端末の操作は危険だという、新たな常識が生まれたからです。EUでは現在、「忘れられる権利」が議論されています。簡単に述べれば、Facebookやグーグルに収集された個人情報の削除を要請できる権利です。

人の最も優れた機能は「忘れる」ことです。時が悲しい恋のキズを癒してくれるように、「忘れる」ことで悲しみから立ち上がり、失敗を乗り越えることができます。かつて100MBのハードディスクが30万円もした時代には、古いデータは消去されて忘れ去られましたが、記憶装置の単位はM(メガ)からG(ギガ)となり、いまはT(テラ)で、その上のP(ペタ)やE(エクサ )が現れる日もそう遠くないでしょう。そして、すべてがFacebookやグーグルのハードディスクに記録され続けます。

記録は永遠に残る――これが新たな常識です。そこで、0.2とならないための提言をしましょう。

「我が子を愛するならFacebookは止めろ」

Facebookにわが子の写真を掲載するリスク

私の育ちが怪しいせいか、過ちを犯したことのない人間に会ったことはなく、どちらかと言えば、現在進行形で過ちを犯し続けている連中が多数派です。しかし、若気の至りで暴言を書き込んだ公園の公衆便所の個室の壁は、公園課の職員がペンキを塗り直すことで、過去と決別することができました。しかし、Facebookではそれが永遠に記録され、グーグルで複写されて拡散します。

EUでなされている議論は、この削除を個人が求めることができるというものです。酒席での馬鹿騒ぎを納めた集合写真で、1人は削除を求めても、別な人がそれを「表現の自由」と掲載を主張した場合はどうするのかといった議論もあり、決着はまだ見えません。しかし、われわれは「記録は永遠に残る」という新常識を踏まえて慎重に行動する必要があります。

Facebookで誰かの「愛息、愛娘」の写真を見つけることは簡単なことです。しかし、世の中には色んな種類の「ヘンタイ」がおります。Facebookにわが子の写真を晒す行為は、こうした「ヘンタイ」の「夜のおかず」となりかねない、危険な行為なのです。

「ちびっこ相撲」に参加した甥の写真をネットに掲載したら……

都会のイメージの強い東京でも、古くからの行事が受け継がれている地域も多く、その街では草相撲の流れを組む「ちびっ子相撲」が年に1回開催されていました。3才から小学6年生までの児童なら、誰でも飛び入りで参加できます。同じ町内の相撲部屋の協力もあり、子どもはもちろん大人も盛り上がるイベントです。

ホームページ制作業を営むM社長は甥をちびっ子相撲に参加させました。軽度の肥満と指導を受けるほど見事な体格の甥は、惜しくも優勝こそ逃しましたが、初出場で準優勝。その熱戦をデジカメに収めたMさんは、自身のホームページにて甥のファーストネームを添えて公開しました。

メールが届くようになったのはそれから1年後。平仮名ばかりで誤字が多いそのメールには「友達になってくだちい(原文ママ)」とあります。Mさんは当初、拙い内容から同世代の子どもから届いたものと判断し、返事を出します。「友達になりたいなら、住んでいるところと名前を教えてください」と。化けの皮はすぐに剥がれました。次から届いたメールは変態のそれです。

「慎太郎くん(もちろん仮名)のプニプニしたおなかを触りたい」
「慎ちゃんのお尻をたべちゃいたい」
「会ったらペロペロするんだ」

推定に過ぎませんが、どうやらメールの送り主はロリータ同性愛という嗜好をお持ちのようです。

子どもの未来のために

Mさんはメールの送り主に抗議のメールを送りましたが、抗議でとどまる変態はいません。とうとう、Mさんはサイトを閉鎖しましたが、メールは止まりません。さらには、

「慎太郎くんのプニプニした写真が見られないのがたまんない。どうか写真だけでも復活させてください」

と懇願してきます。その後も半年ほどメールは届き続けました。ちびっ子相撲で奮闘する小学生男子に性的興奮を覚える変態はいるのです。

幸いにして、Mさんと甥は別の街で暮らしており、祭りをたどって変態が街を訪れても出会うリスクはありません。しかし、Facebookには個人情報が溢れています。さらにTwitterと連動して「居場所」を「なう」とつぶやいていれば、生活圏を特定することは難しくありません。

我が子の写真をFacebookに公開し、Twitterで行動を晒すことは、子どもを変態の供物にするリスクを孕んでいるということです。さらに、Facebookに子どもの写真を晒すことは将来の家族崩壊のリスク因子です。意地の悪い同級生が幼少期の「馬鹿面」をクラスメイトに「拡散」するかもしれません。控えめな容貌をメイク技術で補っている愛娘のフラットな一重まぶたの小学生時代が「学校裏サイト」に転載されたとしたら、彼ら彼女らの青春に謝罪しきれるものではありません。

先に紹介した「忘れられる権利」に議論の余地は多く、結論は見えません。いずれにしても、大人のあなたが自己責任で馬鹿面を晒すのは表現の自由で保障されたあなたの権利です。しかし、その公開に同意できるほど子どもは成熟した判断基準を持ちません。そして「リスク」があります。どうしても我が子をFacebookで晒したいのなら「公開制限」で友達までとして、友達のオファーも「面識のある人」に限るなど、リスクマネジメントをすることも21世紀の新常識です。

エンタープライズ1.0への箴言


「デジタルデータは永遠に残る」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi