「不良少女」じゃなかった野田首相

「ネバー、ネバー、ネバー、ネバー」――テレビから流れる野田首相の会見映像を見て、往年の大ヒットドラマ『不良少女とよばれて』の主題歌でもあるまいにとつぶやいていると、第2次世界大戦次の英国首相・サー・ウィンストン・チャーチルの演説から引用しているのだとアナウンサーが発言を補足します。その引用元のチャーチルは政治家に不可欠な条件を問われこう答えています。

「将来、何が起きるかを予言する能力」

我らが野田首相は消費税の税率を上げないと国家が破綻すると予言します。増え続ける社会保障費や累積する国債に押しつぶされるというのです。だから「増税」……ということらしいですが、この「予言」にいささか懐疑的です。

消費税率を上げれば必ず消費は落ち込み、消費が落ち込めば期待した消費税収は見込めません。現状の税収では社会保障費などを賄いきれないから消費税で補うというのに、消費の冷え込みにより税収が変わらなければ何の意味もありません。つまり、消費税率を上げても国家が破綻する可能性が高く、どちらに転んでも同じ結論ならそれは「予言」ではないからです。

そしてどうせ破綻するなら、痛みを先送りできる現状維持を求めるのは人間の自然な欲求です。

値上げで借金返済!?

野田政権誕生時は好意的だった消費税増税への支持率は、今や反対が過半数を占めています。これをテレビや新聞といった大マスコミが「増税が目の前になり心変わりした」と国民の利己主義に理由を求めるのは「言いがかり」です。身を切らない政治と官僚への苛立ち、先に述べたように増税したとして国家破綻が回避できる道筋が示されていないことに賢明な国民が気づいただけのことです。許認可事業であるテレビと再販制度に守られている新聞は、霞が関が望むベクトルに傾斜します。

そして、印刷会社のI社長はこう言いました。

「借金返済のために値上げをする。
 増税とはそういう発想。民間企業ではあり得ない」

景気の動向に左右される印刷業界は再編淘汰が進んでいます。印刷需要の低下と寡占化に加え、資源価格高騰の波がインクや印刷用紙にまで波及し、利益を圧迫しているからです。熾烈な競争が続くなか、紙の仕入れ値が上がったからといって請求額に反映させるのは困難であり、利益を削り顧客を繋ぎ止めているのが実態です。そしてI社長の会社も「財政再建は待ったなし」に追い込まれてしまいました。

正攻法こそ王道

まずは「リストラ」と行きたいところですが、そもそも中小企業には解雇できる人員そのものがおらず、賃下げにしても自ずと限界があります。ちなみに、一般的な中小企業の労働現場に労使交渉はありません。かつての勤務先で労働条件が改悪されたことに腹を立て、「労働基準監督署」に相談したのですが、そんな会社は「指導」に入っても何も変わらず、逆に居づらくなるだけだから辞めたほうがよいと「心温まる励ましの言葉」をいただいたものです。

リストラも賃下げもできないまま「財政再建」を目指すには、効率化しかありません。社員の労働効率を上げることで生産性を高め、高収益体質に転換し「財政再建」につなげる……つまりは「正攻法」です。I社長は効率化のためにグループウェアを導入しました。

従来、手書きで書いていた営業マンの「営業日報」を電子化することで、営業活動の一覧化や営業交渉の進捗状況を把握し生産性を高めるのが狙いです。例えば、訪問先の近くに注文が途絶えて久しいクライアントがあれば、「ご挨拶」するように指示を出し、高度な知識が必要な商談は、ベテラン営業マンを向かわせるというわけです。

ビジョンなき効率化は成功しない

I社長の発想も取り組みも間違いではありません。問題は経営者の視点でしか考えていなかったことです。経営者にとっての理想の社員は「給料のいらない社員」だというジョークがあります。これは給料を払う側の本音に近く、支払う給料よりも多くの稼ぎを期待するものです。

しかし、効率化とは社員にとっては労働の増加と同義です。スマートフォンや携帯電話での「Twitterタイム」だった客先への往復の移動時間が削られ、古参との同行営業では、商談後の息抜きにとスターバックスに立ち寄る気楽さがなくなります。

その結果、営業マンはグループウェアで「ファンタジー」を語り始めました。上司の指示を先読みして、労働負荷が高まらないような報告書を創作するようになったのです。それぞれが自分にしかできない案件と主張して譲らず、労働効率は悪化の一途を辿りました。

営業マンにも経営が危機的状況にあることはわかっています。しかし、痛みの先が見えなかったのです。倍の仕事をして倍の給料を貰えたとしても、それは普通です。倍の仕事をしたなら、倍以上の報酬を得るコトが「希望」となり、苦労を耐える心棒となります。一方、倍の仕事をしても1円も増えず同じ給料だとしたら、まず我が身の安全を優先するのは人間の自然な本能です。

I社長の「効率化」が失敗に終わったのは「希望」の不在です。「財政再建」が達成された先に待つ「希望」を示さなければ社員は我慢などしません。野田首相はI社長と同じ過ちを犯しています。消費税を上げた先に待つ、日本国の有様をまったく示していないのです。そしてそもそも、「財政再建」には増税しかないという結論ありきからくる「予言」は財務省作成の「ファンタジー」だという説もあります。

エンタープライズ1.0への箴言


「希望がなければ人は我慢しない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi