Web2.0の企業版「エンタープライズ2.0」が注目されています。昨年、JEITAが主催したパネルディスカッションに登壇しました。2.0以降はどこへ向かうのかという議論は刺激に溢れていました。そして同時に「現場の温度差」を痛感します。1.0にも満たない中小企業は多く、原因の大半は「社長」です。本シリーズでは1.0も遠い彼らを「エンタープライズ0.2」とし、「他山の石」となる祈りを込めて実例から問題点を指摘します。

万引き防止にISDN

エンタープライズ0.2な社長が率いるU社では「万引き」に頭を痛めていました。そこで「空箱」を展示し、客は空箱を持ってレジに進み、中身を受け取る形にしたのですが・・・なくなりません。「身内の犯行」だったからです。バックヤードでアルバイトがカバンにしまい、他店やネットオークションに転売していたことが棚卸しで発覚しました。

社長は「監視」の強化を考えますが、数店舗を運営しており、人力には限界があります。そこでバックヤードに「監視カメラ」を設置することにし、ISDN回線の敷設を命じました。店舗のレジはADSLからネットを通じて本部で情報を集積しています。詳しい人ならここで「どうしてウェブカメラを使わないのか」と首をひねることでしょう。最大128Kbpsの通信速度しか持たないISDNを新たに敷設するより、ADSLからネットを利用してウェブカメラを設置する方が低コストで高速だからです。

ウェブカメラを採用しなかった理由を社長はこう述べました。

「セキュリティが心配だ」

ネット経由によるハッキングを危惧しているとつけ加えます。ISDNなら「通話」のように直接のやり取りが可能なカメラを導入するので、他者に覗かれる心配がないといいます。しかし、小規模店の「アルバイト監視映像」を見るのに、セキュリティを突破するハッカーがどれだけいるでしょうか。それに、撮影される映像は「バックヤード」、つまりレジの裏側であり、お客さんの顔は映らないことから個人情報流出の心配も不要です。ましてや「POS(レジ)情報」はネット経由で流通しており、そのセキュリティを棚上げしているところが「0.2系」らしさといえます。

身内の犯行から猜疑心に支配されているというフォローが虚しいのは、棚卸しごとに新しい犯人が誕生するからでしょう。

見直すポイントがそもそも違う

結論を述べれば、見直すポイントはISDNを導入することではなく、「万引きアルバイト」を生まない体制や社内環境です。ここに取りくまなければ、今後も「監視カメラ」の死角をついてアルバイトのカバンが膨れあがることでしょうし、ISDNを100回線敷設しても改善されることはありません。

根本の問題に立ち向かわないのは「0.2系」の特徴のひとつです。U社では、各店舗間のやり取りは電話かFAXで行います。メールを使わない理由をこう答えます。

「スタッフがネットで遊ぶようになる」

ADSLはレジにしか繋がっていないが、メールを使うためにパソコンを設置すると、ネットで遊び出すからだといいます。そして、店頭ではこんな光景も展開されています。商品について客から質問があり、スタッフが答えられないときのことです。少しお待ちくださいと伝えて、本部に電話で問い合わせます。本部はそれを「ネットで検索」し、検索結果を電話で回答し、それをスタッフが客に伝えます。店頭で「ネットで検索」すれば数秒で分かることを、店舗と本部の2人の人件費をかけて客を待たせているのです。コストをかけ客の利便性を損なっても、ネットで遊ばせたくないという情熱も、「万引きアルバイト」が量産される背景ではないでしょうか。

Googleストリートビューは、「街並み」を遠隔地からでも見ることができる道具ですが、こんな使い方もできます。外回り中の部下の携帯にメールが入りました。「いまどこを廻っている?」。「渋谷です」と返信をうつと、間髪入れずに「何が見える?」。GPSを駆使しなくても部下の行動を監視できます。

こんな例もあるでしょう。財部萌絵(仮名)に毎日届く手紙には、神奈川県の自宅周辺の様子が詳細に綴られ求愛のメッセージで埋め尽くされています。「今朝も3丁目の紫陽花が綺麗ですね」。消印をみると北海道の小樽市。Googleストリートビューでのストーキングです。ITツールに罪はありません。使う人間を選ばないだけのことです。

「2.0」、いやこれからは「3.0」だという喧噪をよそに、今日も「0.2系」は元気です。

エンタープラズ1.0への箴言


ITツールで人間性を改善することはできない