北海道留萌市の新星マリン漁業協同組合(以下、漁協)ではナマコ漁にiPadを活用し、船上のiPadから送信された漁業記録をデータ化することにより、ナマコの資源管理に役立てている。

概要は以下の動画のとおりだ。


ナマコ漁を守れ! ICT化で漁獲量を把握、確実な資源確保に取り組む

漁協のナマコ漁解禁時期は、毎年7月から8月までの約2カ月弱で、16隻の漁船が漁を行っている。漁船1隻あたりの漁獲量はその年の初めに取り決める。

近年、ナマコの価格は6~7倍に跳ね上がった。中華料理では昔から高級食材として重宝されてきたが、中国の経済成長に伴い需要が増えたのが原因だ。獲れば儲かる資源になったナマコは、乱獲や密漁が進み資源枯渇が危惧されるようになった。

そこで検討されたのが、iPadを使ったナマコ漁のICT化だ。

「少し前まで、ナマコは獲り放題でした。漁師たちが早いモノ勝ちで漁を行い、ナマコが獲れなくなるまで獲ってその年の漁を終わりにしていました。しかし、iPadのような便利なツールが導入され、このまま獲り続けたらナマコが枯渇する可能性があるという情報を確認できるようになると、漁師も考え方が変わってきました。行政や大学の研究を取り入れて未来のために資源を残そう、計画的な漁獲をしようと、漁のやり方を変えるようになりました」と語るのは、新星マリン漁業協同組合留萌地区なまこ部会の部会長 米倉宏氏だ。

新星マリン漁業協同組合留萌地区なまこ部会 部会長 米倉宏氏

ナマコの資源管理は、水産資源管理や漁業振興研究を専門とする水産試験場にとって重要な課題となっていた。資源状況を分析し情報提供を行うことで、漁師たちに資源管理に関心を持ってもらい、ナマコの保全につなげたい。そこで、システム情報科学を専門とする公立はこだて未来大学と協力し、ナマコの資源データをICT化するプロジェクトを2008年より開始した。

2008年、公立はこだて未来大学 システム情報学部教授の和田雅昭氏が中心となり、漁師たちに紙の漁業日誌を配付して漁のデータを集めることから始めた。

公立はこだて未来大学 システム情報学部 教授 マリンIT・ラボ ラボ長博士(水産科学) 和田雅昭氏

ナマコ漁の時間や回数を記録してもらい、10日ごとに記録用紙を回収する。それを集計・データ化し、水産試験場で分析した結果をFAXで漁師に配付した。さらに、2010年には紙の運用と並行して防水性のある頑丈なノートパソコンを用いて、漁データを記録する実証実験も行った。しかし、どちらも漁師からは不評だったという。

「FAXで送られてくる集計データは、白黒でかすれていて読みにくく、漁師は面倒くさがってほとんど見ませんでした。ノートパソコンは、起動のたびに時間がかかり、作業中によく固まっていました。パソコンが固まっても漁は中断できません。邪魔で使い物になりませんでした」(米倉氏)

翌2011年、iPadを活用した本格的なシステム化へ取り組みを進めた。和田教授がアプリを開発し、iPadを漁協の漁師たちに貸し出した。

「人の手を介さず、船上から自動で情報を集め自動でデータ作成するシステムの構築に取り組みました。漁師のみなさんに実際にiPadに触れてもらい、リアルタイムな情報があるとこんな資源管理ができますというのを体験してもらいました」(和田教授)

アプリ作成時は、使ってくれることを念頭に工夫を凝らしたと和田教授はいう。

「最初に触って、使えないと判断されたら、その後どんなに改良しても、興味を持ってもらえません」(和田教授)

そこでピンチイン、ピンチアウトの動作や、本体を回転させると画面が縦横に動くiPadならではの機能はあえて排除した。余分な動きがあると、誤って画面が切り替わり、気付かず上書きしてしまうなどのトラブルが発生する危険があるためだ。

「漁師さんが迷わず使えるシンプルなアプリを心がけました」(和田教授)

和田教授の工夫の甲斐あって、配付したiPadはすぐに漁師たちに気に入られた。米倉氏は、「ワンタッチですぐに起動するiPadは煩わしさがなく使いやすい。アプリを使って日々の漁業時間や漁獲量を記録したり、漁船の航路や滞在時間を記録して獲りすぎのエリアを特定したり、漁をする際欠かせないツールになっています」と語る。ナマコの資源状況がカラー画面で分かりやすく表示されているので、自然とナマコの資源管理の重要性にも興味が湧いたという。

船上のiPadから漁獲情報を入力・閲覧

和田教授が開発した漁業日誌アプリ「デジタル操業日誌」は、立ち上げると入力用画面が表示され、1回の漁を行う度に、漁の時間、漁獲量、放流量(資源保全のため、規定の大きさに満たないナマコは海に戻している)を記録できる。画面左から順番に「投網」「揚網」「漁獲」「放流」の4つのボタンをタップして入力する。

「デジタル操業日誌」入力用画面(左)と閲覧用画面(右)、右下の魚のマークをタップすると切り替わる

情報はiPadに入力がある度にバックグラウンドでアップロードされ、ソフトバンクテレコムの「ホワイトクラウド VMware vCloud Datacenter Service」へ集約、自動集計される。16隻全体の漁獲状況をリアルタイムで把握できるため、漁解禁期間中であっても取り決めた漁獲量に達した時点で漁の終了を判断でき、ナマコの獲り過ぎを防げる。

iPadが端末ごとに持つ固有IDも同時に送付し、情報元の端末を特定できるので16隻全体の集計データは漁協全体で共有して資源管理に役立て、個々の情報については個人の閲覧権限を設けている。

「FAXで送られてくる情報はタイムラグがあり、2週間前の漁獲情報で判断していたため獲り過ぎてしまう危険性がありましたが、iPadでは、日次の漁獲状況がいつでも確認できます」(米倉氏)

また、画面の右下をタップすると閲覧用画面が立ちあがり、過去の漁業記録を確認できる機能もある。

「船の上にいても、去年の今頃はどうだったかをすぐに確認できます。紙の日誌に記録しても、見返すことはまずないでしょう。iPadのお陰で、漁の振り返りが可能になりました」(米倉氏)

海上での漁船の航路、漁業位置も集計してもデータ化

船の位置を地図上に表示し速度や進行方向を確認できる「マリン・プロッター」アプリも漁には欠かせない。16隻の漁船位置は、各船に搭載されたGPSプロッター(車でいうカーナビに相当するもの)から、サーバへ10秒ごとに送信されている。

このアプリを使って漁解禁の期間中、各漁船がどの航路を通ってどのエリアに何時間滞在していたかという履歴情報をデータ化し、16隻全体で漁場として使いすぎたエリアは、地図上に赤く色付けしアラートを出す。データは、翌年の資源管理計画の際に参考情報としても利用する。

「iPadが手元にあれば、誰がどこに船を出しているかすぐに確認できます。朝、漁に出る前にマリン・プロッターで確認して、赤いアラートが出たエリアを避けて船を出せます。以前は、各自の勘で漁場を決め、取れなくなると隣のエリアへ行くというスタイルでした」(米倉氏)

6隻の船が海上のどのあたりにいるか、どの航路を通ったかを視覚的に確認できる。航海中の漁師同士だけでなく、漁師の家族も船の安全を自宅のiPadでチェックできるので喜ばれるという

7月1日の様子(左)と、8月9日の様子(右)。操業開始の7月初旬、まだ画面は白いが、1カ月後の8月初旬の操業終了時になると、赤いエリアが方々に現れる

この他、海に浮かべたブイに水温計測装置を取りつけデータを収集している「ubiquitous BUOY」アプリを使えば、iPadから海水温を確認できる。海水温は、「今日の漁は獲れるかどうか」の重要な目安になる。漁に出る前に、漁獲量の予測が可能になれば、その日漁に出る人数や港で水揚げを待つ人数を調整でき、最適な人員確保によるコスト削減が見込める。

水温表示画面(左)、水温計測場所(中)、水温計を搭載したブイ(右)

日次グラフで水深別に履歴を確認できるので漁の参考資料になる

漁師の勘が客観的な数値データで分析可能に

水産試験場では、収集したデータを基にさらにナマコの資源状況を分析し、定期的に漁協へ資源保全の情報配信サービスを実施している。漁協では水産試験場からの分析内容を見て、水産資源の管理に役立てているという。

水産試験場ではナマコ漁データを分析し、定期的に資源保全の情報配信を行う

「今まで見られなかった情報を、具体的な数字や画像で共有でき、資源を守りながら漁を行うスタイルが可能になったことは、大きな成果」と和田教授は語る。

漁師の知識や技術は長い時間をかけて習得していくものだが、漁業者の減少や高齢化により高度な漁業分野の技術と知識が失われつつある現在、日々の漁業記録をデータとして蓄積することは、漁師の経験と勘を形に残るものにして継承できる。

「車もカーナビができるまでは、みんな必死に道を覚えたり地図を探したりしていましたよね。船の上もあれと同じです。iPadのような便利なツールが導入されれば、それを利用して、より効果的な漁を行おうと意識が変わりますよね」(米倉氏)