未来の広告について考えるとき、私たちの多くはスティーブン・スピルバーグが2002年の映画『マイノリティ・リポート』で描き出した世界を思い浮かべます。フィリップ・K・ディックのSF短編小説を原作とするこの映画では、ショッピングモールを訪れた主人公のジョン・アンダートンが大量のホログラムや広告に取り囲まれるシーンが出てきます。それらのホログラムや広告はアンダートン個人をターゲットとしたもので、アンダートンの名前を呼びかけてきます。

例えば、レクサスの広告はこう語りかけます。「ジョン・アンダートンさん、あなたが今歩んでいるのは道なき道です」。こんなふうに呼びかけてくる広告もあります。「ジョン・アンダートンさん! ギネスを一杯いかがですか?」。ギャップの店舗に入ると、元気いっぱいのホログラムが現れて、この前購入したタンクトップの詰め合わせの着心地はどうだったかと尋ねてきます。

このシーンは見方によって意味が大きく変わってきます。消費者にとっては、これは地獄のような光景です。マーケターにとっては、天国のような光景だと言えるでしょう。こうしたテクノロジーやIoTの普及もそう遠くない未来となっている今、消費者とマーケターとの間のこのギャップを今後どのように解決していけばよいのかを考察することは意義のあるテーマです。

本シリーズではこれまで、IoTとは何か、IoTでは何かが可能になるのか、その広告環境はどのようなものになるのかについて考えてきました。最終回となる今回は、今から10年後、またさらにその先の未来におけるIoTの姿について考えてみたいと思います。

パーソナライゼーションの未来像

ある意味、『マイノリティ・リポート』の中で描かれているテクノロジーの一部は現在すでに実現していると言えます。20世紀フォックスは今年、英国でちょっと変わった広告キャンペーンを展開しました。音声をパーソナライズできるチャンネル4機能を活用した、テレビのスポットCMです。20世紀フォックスは、1,500万人の視聴者のデータベースを利用して、「エイリアンがやってくる」という警告のメッセージで視聴者個人の名前を呼びかけるような仕掛けを取り入れたのです(Matthew, run!)。

このようなテクノロジーは、オンライン広告で実際に使われているようなターゲティング機能からさほどかけ離れたものではありません。IoTディバイスを使用したオフライン広告の場合は困難さの度合いがさらに高まります。しかし、顔認証テクノロジーは常に進化を続けていて、今では既知の顧客であれば、広告主の企業が相当程度の確度で識別できるまでになっています。中国では実際に、一瞬の顔認証で食事や交通機関の支払いを済ませることができるというところも出てきています。ただし、他の多くの国では、プライバシーの懸念からそのような「顔パス」マーケティングは実用化の可能性はまだ高くはありません。

例外として挙げられるのが、オプトイン方式のパーソナライズされたアウトオブホーム(OOH)マーケティングである。この場合、消費者は自ら外出先でスマートフォンやスマートグラスのスイッチをオンにし、公共空間に設置されたIoT機器から広告メッセージを受け取る準備ができているシグナルを送ります。そして、個人情報を提供してする見返りとして、クーポンなどのインセンティブを受け取るのです。

広告メッセージの新しい可能性

また、自宅でも広告メッセージをオプトイン方式で受け取る消費者もいるでしょう。利便性を求めてという場合もあるでしょうし、割引を期待してという場合もあるでしょう。特に、お決まりの洗濯洗剤や日常の食料雑貨など定期購入している消費者であれば、実店舗に出かけて重い荷物を運ぶ手間や、オンラインショップで注文する手間を省けるので、このような嬉しい余計なお世話は焼かれて嬉しいはずです。

また、AIアシスタントの精度が驚くべきスピードで進化し、米国ではあっと言う間にAmazonの音声認識スピーカーAlexaが約1,000万世帯に普及した実績がこれはもはや未来の話ではないことを物語っています。

こうして、業者への見積依頼から、保育園の送り迎えのリマインドまで、消費者のAIアシスタントに対する日常的な依存度を高めていくことは、同時に広告のチャンスでもあります。なぜならば、これまでリーチが難しいとされていたオフライン中の消費者、例えば衣類の洗濯などの家事を行っている最中でも、アピール効果の高いメッセージを打ち出すことで、その購買行動に変化を促す大きなチャンスが生まれる可能性があるのです。

しかしながら、ほとんどの消費者が、何らかの見返り(例えば無料のアプリなど)が得られない限り、自分のスマートデバイスやIoT家電に広告が表示されることは望まないでしょう。例えば、クラフト社(緑のボトルでお馴染みの粉チーズの会社)の短い広告メッセージを最後まで見れば、無料のレシピアプリにアクセスできるようになる、といったように。動画にも可能性があります。スマート洗濯機に動画が表示されれば、洗濯物をたたんでいるときなどにちょうどいい気晴らしになるかもしれません。そんな状況こそ、洗剤の新製品の広告を流すのにぴったりな場面と言えるでしょう。

広告の進化により消費者の選択肢が増える

『マイノリティ・リポート』の世界と、私たちの現実世界の5年後・10年後の姿との間の最も大きな違いは、現実世界では選択肢の幅がより大きなものになるだろう、ということです。消費者に対してメッセージが強制的に押し付けられるような環境というのは、消費者にとっては受け入れがたいものです。いずれは消費者はそのようなメッセージをブロックする方法を見つけ出すことになるでしょう。

ですから、広告はそれとは違う方向に進化しなければなりません。より巧みにターゲットを絞り込み、有用な情報を提供できるようなものである必要があります。消費者が自ら進んで取りに行きたくなるような、あるいは受け取りを拒否されないような、そんな楽しくて役に立つメッセージである必要があります。

別の言い方をすれば、過去10年ほどのマーケティングの世界を支配してきた2つの原則--すなわち「消費者は神様である」という考え方と「適切なタイミングと場所で適切なメッセージ」という考え方が、テクノロジーの力に両立が可能になるのです。だって、選択権はあくまで消費者側にあるのですから。

MG(マイケル・ゴーフロン)

元IAB(Interactive Advertising Bureau)デジタルビデオ委員会の共同会長。現在は、ソーシャルビデオ・プラットフォーム、GlassView(グラスビュー)の創設メンバーとして、最高ブランドセーフティ責任者を務めている。これまでに、MTV、コンデナスト社をはじめ、テレビ業界、パブリッシャー大手、広告代理店、動画アドテック企業を経験。20数年に渡るキャリアをデジタル広告業界に捧げている。2014年にはIABデジダルビデオ委員会の共同会長に抜擢され、現在のオンライン広告のおける技術的標準規格の策定・法整備に携わった。