地方出身者が地元の料理を食べたくなったら駆け込める、同郷の人との触れ合いに飢えたときに癒してくれる、そんな東京にある"地方のお店"を紹介していくこの企画。コロナ禍の昨今、せめておいしい地方の物を食べて各地を旅行した気持ちになりたい! という他県のあなたも必見です。

今回は、新橋を散策していたら個人的に外観がどストライクなお店を見つけてしまい即決です。TOKIMEKIに身を任せ、福島県にフォーカスします。

  • 会津といえば馬刺しです


実家に帰ってきたかのような落ち着くお店

福島県というと桃やサクランボなど果物がおいしい県という印象ですが、料理というとどんなものが登場するんでしょうか。そんなわけで、新橋で見つけた、福島県会津の郷土料理を提供するお店「身知らず」さんにお邪魔しました。

  • ドラマが生まれそうな外観

新橋駅からマッカーサー道路のほうに歩いていくと建物の大きさのわりに、やたらいっぱいお店の名前が並んでいる看板が目に付く建物を発見。その1階に縄のれんと提灯が目印の渋いお店があります。引き戸から漏れこぼれる暖色の照明の感じが最高にエモい。あと縄のれんってところが昔ながらでいいですよね。

  • 今は少し席数を減らして営業中

店内はというと、カウンターとテーブル席があり、こじんまりとした落ち着いた印象。壁には短冊に手書きのメニューずらりと張られています。思い描く郷土料理屋ってまさにこんな感じ。

店主に、「会津といえばまずは馬刺しです」とおすすめされたので、「会津馬刺し肩バラ」(1,200円)を注文。きれいな赤身のお肉には、生姜とは別に、ニンニクと唐辛子を合わせた味噌が添えられて出てきました。会津では、馬刺しにこの味噌を付けて食べるのが一般的なんだとか。

  • 新鮮そうな赤身の馬肉

まずは何も付けずお肉を一口。とても上品な味わいで、臭みがなく、とにかくやわらかい! 生肉好きな筆者としては、ため息が出るほどにおいしい一品。二口目は醤油を少しつけてゆっくりと味わって、別れを惜しむように飲み込む。ああ、幸せがここに……!

浸りすぎて危うくそのまま完食してしまうところでしたが、そういえば味噌がありましたね。なんでもこの食べ方は、力道山が興行で立ち寄って食べた際に考案したそう。試しに味噌だけをちょっと舐めてみる。結構辛い……。

しかし、この辛さがお肉につけて食べるといいアクセントに。唐辛子の辛さをまろやかな味噌が整え、お肉のうま味を引き立てます。そして驚いたのは、ニンニクも入り強い味がついても損なわれることのない上品な肉の存在感。正直そのまま食べても数皿いけてしまうほどですが、この味変でもう無限皿。これで一日の食が終わりかねない……(笑)

干物&山の幸? 生活の知恵から生まれた逸品たち

馬刺しに後ろ髪をひかれながら次の一品「豆数の子」(500円)をお願いします。こちら会津ではお正月に欠かすことのできない家庭料理なんだそう。茹でた青大豆に数の子を加えて、醤油みりん酒で味付けをしたものです。ネーミングがそのまま過ぎてワロタ。

  • うっすら緑が特徴の青大豆

青大豆のほんのりとした甘味と香りがホクホクとした食感と一緒に広がりつつ、たまに現れる数の子のプチプチ感がアクセントになっていて、味だけでなく食感でも楽しませてくれます。シンプルな味付けの料理なのに、青豆と数の子が無茶苦茶お互いを高め合っていてたまりません。お正月に食べるだけなんてもったいないよー!

続いて「いか人参」(500円)が登場。こちらは福島県の真ん中のほう、中通りではよく見る家庭料理なんだとか。細く切った生のにんじんとスルメイカの干物を醤油とみりん、酒であえています。またもやストレートなネーミングですね。

  • ニンジンの細さや長さはこだわりのポイント

漬け込むことで人参にスルメのうま味が染み出し、同じような調味料を使った「豆数の子」とはまた違う味わい。サクサクと小気味いいニンジンの歯応えと、たまに感じるイカのクニクニとした食感が見え隠れします。

福島の方はこういう異なる食感の組み合わせが好きなんでしょうか。海の遠い会津では加工された海産物と土地のものを合わせて食べるものが多いそうなので、そういった背景から生み出されているのかもしれませんね。

お次は「身欠け鰊の山椒漬け」(550円)。ニシンの干物と山椒の葉っぱを交互に重ね、醤油・酒・酢で漬け込んだ一品です。なかなか海の物が食べることのできない土地で、保存のために家庭料理で工夫の末に作られたものだといいます。

  • 調味料に漬けて戻したニシンの干物

強めの歯ごたえのニシンを奥歯でかみしめると、醤油とみりんの合わさった甘じょっぱさ口の中に広がり、酢の酸味と山椒の香りが爽やかに広がるお味。海がない会津だからのコラボレーションに、出会ってくれてありがとうと言いたくなります。

そして日本酒との相性が抜群。筆者はビール大好きマンだけど、これは日本酒ですね。異論を挟む余地もない。スルスルいける。きっと保存食じゃなくて、日本酒をおいしく飲むためされた味付けだと思うレベル。日本酒ファーストに違いない。

最後は「こづゆ」(500円)をいただきます。こづゆも会津発祥で、冠婚葬祭など特別な日に必ず食べられるというお吸い物です。

  • 山の幸やまもりの「こづゆ」

干したホタテの貝柱で出汁をとって、キノコ、里芋、豆麸などを入れた薄味でやさしい味わい。お酒の締めに頼むお客さんが多いそうです。納得。ニシン&日本酒からのこづゆのコンボ、放心するほど癒されます。とろけるかと思った……。

会津のこだわりの日本酒を2つの蔵から

  • 会津の日本酒もありますよ

「身知らず」で扱っている日本酒は、「会津中将」と「国権」の2銘柄。開店以来この2つの酒蔵だけというこだわりのお酒です。

いただいた「会津中将」は、やわらかくもしっかりとしたお米の味わいと、後味の切れの良さが印象的。赤身の馬肉にも、ニシンの山椒漬けにも合わせることができ、スーッと引き込まれるみたいに酔わせてくれます。次の機会には飲み比べもいいですなぁ。

  • 会津大好き店主・山田信彦さん

今年で開業20年を迎える「身知らず」の店主・山田信彦さん。会津若松市出身で大学進学を機に上京。新橋の金融系の会社で勤務ののち、自分の強みを活かいたいと今のお店を始めたんだそうです。

店名の「身知らず」は、地元の人ならすぐに福島のお店とわかるようにと、父方の実家の特産物「身知らず柿」から拝借したんだとか。

常連さんの中には「ここに来ると福島に帰省したみたいな気分になる」と話す方もいるそう。たしかに初めて食べるのに、どこかホッとする味付けの料理と、コンパクトで居心地のいい空間は、福島出身でない筆者でもそう思えるほどの圧倒的な実家感なのでした。少し仕事に疲れたら深呼吸しに一緒にやーべ!


<店舗情報>
「身知らず」
住所:東京都港区新橋4-11-8 植木ビル1F
営業時間:17:00~23:00
定休日:土曜・日曜・祝日
アクセス:JR「新橋駅」烏森口から徒歩5分

※価格は税別

取材・文=古屋敦史、構成=小山田滝音(ブラインドファスト)