地方出身者が地元の料理を食べたくなったら駆け込める、同郷の人との触れ合いに飢えたときに癒してくれる、そんな東京にある"地方のお店"を紹介していくこの企画。コロナ禍の昨今、せめておいしい地方の物を食べて各地を旅行した気持ちになりたい! という他県のあなたも必見です。
今回のテーマは、長崎県です。九州の北西に位置し、佐賀に隣接する東側を除いてほぼ海に覆われています。海岸線の長さは日本でトップクラス。五島列島、壱岐島、対馬など島の多い県でもあります。
長崎県の豆知識
島が多い長崎県は必然的に漁業がとても盛んです。漁獲量は全国2位。それを加工する「かまぼこ屋さん」の店舗数も日本一なんだとか。
歴史で言うと、天草四郎の「島原の乱」で見られるように、キリスト教との結びつきが深く、2018年には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産になったりしていますね。
ほかにも「出島」は、小学生でも知っているレベルの知名度です。出島での南蛮貿易により砂糖が入ってくる拠点だったことから、カステラなどの菓子類の生産も豊富。砂糖の消費は全国第2位、カステラへの支出は全国1位の甘党県でもあります。
さて今回お邪魔したお店は、湯島にある長崎おでん屋と"和華蘭(わからん)料理"のお店「かっちぇる」さんです。和華蘭料理とは、中華料理や、西欧料理が日本で独自にローカライズされた料理のことで、ちゃんぽんや卓袱(しっぽく)料理のてんぷら、東坡煮(とうばに=角煮)なんかが知られています。
お店は千代田線・湯島駅を天神下交差点の出口から出て、銀座線・上野広小路駅の方に向かい、ドン・キホーテを越えてすぐの角を入った飲み屋街の一角に位置しており、ビルの2階にある店内はカウンターとテーブル席は5つで、だいたい20席ほど。
長崎県が定める「食べてみんね! 長崎県産品応援店『極』」に認定されるなど、長崎愛にあふれたお店さんです。店内にはいたるところに長崎にまつわるポスターやグッズがあふれています。
文化の交差から生まれる長崎の料理
最初にいただいたのは、「長崎 小長井 生かき」(600円)。 うひゃあ! この「小長井」って、諫早市小長井町で多良岳と有明海からたっぷり恵みを受けて育ったおいしやつじゃないですかー! 筆者は常軌を逸する牡蠣好きなので垂涎もの。何気に今年初牡蠣な気がします。遅ればせながら"牡蠣初め"といきましょう。
もうね! 見た目から美しいから! 食べなくてもプリプリとした弾力が想像できます。大きすぎず小さすぎず、1.5口分くらい。スルリと流し込めば、磯の香りが口内を満たしてくれます。咀嚼すると優しく上品でクリーミーな甘さ。そして飲み下せば、旨味の余韻が鼻から抜けていきます。得も言われぬ多幸感。
小長井の特徴は、序盤・中盤・終盤のすべてにおいてバランスよく、高い満足感を与えてくれるところです。まさに優等生タイプ(笑)。複数種類が揃うオイスターバーなどでは迷わずラインナップに組み込んで間違いなし。ほんと愛してる。また会えてうれしかった!
そんな感動の余韻に浸りながらもお次に登場するのは「浦上そぼろ」(500円)です。長崎市の浦上という地域で、ポルトガルから来たキリスト教宣教師が肉食を広めたことから生まれた郷土料理。現地では給食にも登場するほどに知名度の高い料理だそうです。
主な具材は豚のコマ肉、ニンジン、ゴボウ、こんにゃく、揚げかまぼこ。具材も味付けもほぼキンピラゴボウのような感じです。特徴としては、「そぼろ」と言いつつ、挽肉ではないことでしょうか。
砂糖とみりんで甘く、さらにごま油と醤油で芳しく炒めた根菜を噛み締めていると、調味料がよく滲みた揚げかまぼこと豚肉が旨味をジュワーっと届けてくれます。西欧にルーツを持ち、甘く仕上げられた料理。非常に長崎らしい料理でした。
続いて「ハトシロール」(700円)をお願いしました。こちらは明治時代、中国(当時は清)から長崎に伝えられたエビのすり身を油で揚げた卓袱料理「ハトシ」をアレンジしたもので、すり身をパンでロールしてから揚げているんだとか。
表面のパンがサクサクで香ばしく、エビのすり身はフワフワ。想像していたよりだいぶフワフワ。同じすり身でも魚のものとはかなり違いますね。そして口の中で広がるリッチなエビの風味。パン生地とエビからはほのかな甘さを感じます。
軽めのドーナツのようなおやつ感もあり、エビが入っていることによっておかず感もある不思議な食べ物。現地長崎ではロールになったことで、食べ歩きもできるファストフードとして親しまれているんだそうです。伝統的な料理も進化しているんですね。
お次は「いわしのすり身大葉包み天ぷら」(750円)。この「天ぷら」はさつま揚げ的なものではなく、サクサクの衣をまとったほうの「天ぷら」ですね。すり身の天ぷらって珍しいかも。
薄めの衣に大葉が透けていていい彩りです。かぶりつくと衣のサクサク、もういっちょ大葉のサクサク、じんわりと大葉の香り。そして満を持して広がるいわしの弾力と、派手さはないけど滲みでるような特有の旨味。なんでしょうね、このいわしの芳ばしくて、ほっとする味って。天ぷらというと、塩とか天つゆとかがほしくなりそうなものですが、まったく必要性を感じさせません。いわし、君は本当にいい仕事するなぁ(笑)。
海の恵みを(物理的に)凝縮しておいしくいただく
ようやくお店のメイン「長崎おでん」が登場。「長崎おでん」って、今回初めて知ったんですが、ざっくり言うと長崎近海で獲れた魚を練り物状にしたものを使った、アゴ(飛魚)出汁をメインに使用した物なんだそうです。また辛子ではなく、柚子胡椒で食べるのも、本場の食べ方だとか。
ご店主が「うちは盛りが多いから」と言っていましたが、山盛りです。しかも種一つひとつが大きい! これ少食の人だったら、この一皿だけでお腹いっぱいになりそうなボリュームですよ。
アゴで出汁を取ったおでんの出汁はきれいな黄金色。すっきりとした中に、ほんのり甘さが感じられます。
イワシのすり身を揚げた物を、半月型に成型した「いわし半月」(200円)は、天ぷらと違い、出汁を吸っているので、より甘く上品な味わい。また「いわし角天」(200円)は、半月よりしっかりとした歯応えで、少しコリコリとした食感から骨ごとすりつぶしている感じがします。
「あじ玉」(200円)は、アジに比べるとクセがなく、よく知っているオーソドックスな揚げかまぼこに近い印象。魚によってこんなに印象が変わるものなんですね。そして「ちゃんぽん揚げ」(200円)は、さつま揚げのような甘さがあるのが特徴。すり身以外にキャベツ、ニンジン、イカ、キクラゲなどが一緒に練りこまれていて、ちゃんぽんさながらだ、ということでしょうか。
すり身以外に豆腐をブレンドした「あげだし」(200円)は、ほかのものよりふっくらやわらかい食感。ニンジン、ゴボウ、キクラゲ、枝豆など野菜がたっぷり入っていてガンモドキに似ています。そしておでんの王道「大根」(100円)と、やや大きめの「一口ちくわ」(200円)。どちらも出汁が染みて、まずいわけなし! って感じです。
「かっちぇる」さんでは、20種を超えるおでん種を提供していて、これ以外にも東京ではあまり見られない多彩な練り物をいただくことができます。しかし一個一個が大きいので一度でコンプリートは難しそう。これはリベンジせねば……。
最後に登場したのは「ちゃポリタン」(850円)。2012年に長崎かんぼこ王国、長崎県生麺協同組合とカゴメが地域活性化のために共同開発したもので、名前の通りちゃんぽんの麺を使って、トマトケチャップでナポリタン風に仕上げた一品です。
具はタマネギ、ピーマンに加え、長崎産のかまぼこ、揚げかまぼこ、ちくわを使用しています。けっこう具だくさん。ちゃんぽん麺を使用しているので、シコシコ、もちもちとした食感が特徴的です。
よくあるナポリタンより汁気が多く、麺と練り物に味がなじんでいて、トマトの酸味とフレッシュさが感じられます。トマトとピーマンのシャキシャキした食感もアクセントになっていてグッドでした。長崎の新名物、皆さんもお試しあれ!
「おいも、かっちぇて!」湯島で愛されるお店に
「かっちぇる」さんで力を入れているお酒は、長崎でよく飲まれるという麦焼酎。中でもオススメいただいたのは、麦焼酎発祥の玄海酒造さんの「壱岐 スーパーゴールド22」(500円=グラス)です。
クセが少なく、軽い飲み口の麦焼酎をホワイト・オーク樽で熟成させているので、ほんのりと樽の色がついていて、ウイスキーのような香りがなんとも華やか。チビチビとゆっくり楽しみたいお酒でした。
今年で創業7年目のこのお店は、長崎市出身の店主・疋田(ひきた)慎治さんが奥様と二人で切り盛りをされています。高校卒業後に上京し、飲食関係のお店で働いていると、いつからか心の中にあった特色豊かな長崎の郷土料理を東京でも知ってほしいと独立を決意。ここ湯島にお店を出したそうです。
店名の「かっちぇる」とは、「仲間に入れる」という意味の長崎の方言だそう。取材をさせていただいた当時は、緊急事態宣言下で多くの飲食店さんが休業を選ぶ中、20時まででも開けていてほしいとのお客さんの声もあり営業をされていました。
写真では表情が硬く、やや強面の疋田さんですが、お話を聞かせていただく中で、頼られ愛されにぎわっているお店なんだなと感じることができました。こんな行きつけのお店ができたら、一人飲みもいっちょん寂しくない!
<店舗情報>
「かっちぇる」
住所:東京都文京区湯島3-37-10 太田ビル 2F
営業時間:[月~金]17:00~翌3:00 [土]17:00~24:00
(取材時の2021年1月には、緊急事態宣言下にあり、16:00~20:00で短縮営業中)
定休日:日曜・祝日
※価格は税別
古屋敦史
取材・文=古屋敦史、構成=小山田滝音(ブラインドファスト)