デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していきます。

第4回目のテーマは、カーリングと解説者・小林宏

バンクーバーで行われた冬季オリンピックは皆さんもテレビでご覧になったことと思います。17日間の熱戦ではさまざまなドラマと感動がありました。前回のトリノ五輪では、女子フィギュアスケートの荒川静香選手の金メダル1個だけだった日本ですが、今回は、金メダルこそなかったものの全部で5個のメダルを獲得、日本中が盛り上がりました。

中でも、日本五輪史上、男子フィギュアスケートで初のメダルとなった男子フィギュアスケートの高橋大輔選手の銅メダルや、女子スピードスケート界で初の銀メダルとなったパシュートの小平奈緒選手他の面々。日本の選手やそれを支えたコーチや監督など、さまざまな「人」の頑張りがさまざまな結果となりました。

そんな中、今までとちょっと違うことで話題となり、テレビ視聴率も稼ぎ、巷でも話題となった競技があります。カーリングです。

もともとカーリングは、長野五輪のときにチーム青森という女性アスリートの活躍で初めて話題となった競技でした。それまでは、ほとんどの人がカーリングなるスポーツの存在を知らず、「へー、こんな競技があるのか」という思いでテレビを観ていたのだと思います。それが、チーム青森の活躍をマスコミがアイドルっぽく取り上げて話題としたことで、一躍国民みんなが興味を持ってテレビを観るようになりました。CMに出たり、映画になったことで、広く世間の認知を獲得しました。

そのようにかなり認知が広がってきた中での今回のバンクーバー・オリンピック。カーリング予選は、国別対抗で各国が総当たりで何勝何敗と星を数えて準決勝に進むので、結果がすぐ出ない分だけ、競技自体の魅力が乏しいとなかなか一戦一戦に興味が続きません。そんな中、今回のバンクーバー・オリンピックでは、ひとりのスターが生まれたことにより、さらにカーリング熱に火をつけました。その後テレビやマスコミでも話題となり、今回のカーリングのテレビ視聴率にも少なからず影響を与えた人物、それが小林宏さんです。小林さんは選手でもコーチでもなく、テレビ中継の解説者です。

もともと、小林さんはスケートの選手だったそうで、その後カーリングの世界に魅了され、アルベールビル五輪では日本代表の監督まで務めました。そんなことから、現在では山中湖の近くにカーリング専用のスクールを立ち上げ、後進の育成に努めているとのことですが、その解説スタイルが、ある意味普通の解説者を超える素晴らしいものだったのです。

その素晴らしさとは、競技の専門的な解説というよりも、「日本ガンバレ!」と気持ちがこもった応援と、テレビを観ている人にハラハラドキドキさせて、カーリングを観る面白さを伝えたことでした。

インパクトがあり話題になった小林さんの言葉は、「YES! YES! YE~~S!」「よし、よーし、よう~し!」、カナダ戦の名言「THIS IS CURLING!」などなど。それらの言葉には、氷の上を滑るストーンがまるで選手自体であるかのように、テレビを観ている人に感情を移入させて、みんなでそのストーンに念力をかけて勝利のためにストーンを動かしているように実感させる気合いと力がこもっていました。

そんな小林さんの解説というよりは気合いの入った気持ちのほとばしりが、選手の頑張りと相まってカーリングという競技の面白さを誘い、高い視聴率を生み、世の話題となったのです。要するに、テレビ中継というコンテンツの価値を高めたのです。

ここで思うことは、テレビコンテンツの価値とはいったい何かということです。テレビのスポーツ中継というコンテンツは、そのスポーツ競技の模様をさまざまな角度から映像化して見せることが主です。そのスポーツの人気度であったり、スター選手の存在やそのスポーツそのものの魅力により価値が決まります。イコールそれが経済的な価値を決定します。しかし、今回の場合では、中継中に観ている人に感情移入させ、その中継をより面白く観させる解説者の存在が、そのコンテンツの価値を高めました。

たとえば、サッカーのワールドカップ。私は全試合放送するスカパーに加入したものの途中で契約を解除してしまいました。それは全試合が観られるというメリットで加入したものの、地上波中継ほどの面白さが感じられず、ついつい見なくなってしまったからです。サッカーの試合自体を楽しむというより、選手の動きや結果に一喜一憂することを楽しんでいたので、それを助長させてくれる解説に物足りなさを感じたのです。

そんなサッカーの解説では、私は松木安太郎さんが大好きです。松木さんの解説にはカーリングにおける小林さんのような熱さと「日本が絶対勝つんだ」という強い意志を感じ、あたかもご自分がピッチに立って試合をしているような迫力がみなぎっているからです。

このように、スポーツコンテンツにおける解説の存在意義は、大元のコンテンツのサイドにあってメインコンテンツの魅力を大きくし、それらが相互に影響を与えあって、トータルでのコンテンツの価値を高めるサイドコンテンツという位置づけになります。競技の結果や選手の頑張りがあってはじめてサイドコンテンツ自体も生きます。

このことを私は、「ヒット学」において、ヒットの要因キーワードとして「サイド&ディープ」と整理しています。メインから波及したコンテンツにヒットが生まれて、メインとサイドが相乗効果を発揮して共にヒットするということです。まさに、「カーリング」と小林さんの解説は、そんなヒット要因キーワードの良い事例というわけです。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターも務める。

「時創人」とは…

時代を動かす"ビジネス・プロデューサー"たちにスポットを当て、ビジネスの裏にある達人の能力から、現代を生き抜く智恵を学んで行く番組「時(じ)創人(そうじん)」。100年に一度と言われる不況、こんな時こそ必要なのが時代を動かす"プロデューサー"なのだ。番組では、敏腕プロデューサー・吉田就彦とテレビや舞台などで幅広く活躍する女優・井上和香をナビゲーターに、「日本を元気」にしていくさまざまな分野の"ビジネス・プロデューサー"たちを取り上げ、そのプロデュース能力に迫り、現代を生き抜く知恵や創造力を学んでいく経済ドキュメント番組。