船の上に舞い降りるファルコン9

ファルコン9ロケットの第1段機体が降り立つことになる海上プラットフォームは、「Autonomous Spaceport Drone Ship」と名付けられている。意訳すると「自動操船される無人の宇宙港」という感じになるだろうか。ロケットが降り立つ甲板は、サッカー場とほぼ同じ91m×30mの広さを持ち、また幅は最大52mまで拡張させることができ、将来的には推進剤の再補給などもできるようになるという。さらにGPSを使用した位置制御システムを持ち、嵐の中でも指定した位置に3m以内の誤差で滞在し続ける性能を持つという。

また、この試験のため、第1段機体には安定翼が装備された。これは連載第2回の中で触れた実験機F9R Devで試験されたものを、少し大きくしたものだ。これまで第1段の下降時の制御には、窒素ガスを噴射するスラスターが使われていたが、「スラスターだけでは制御は不十分だった」とマスク氏は語る。

ファルコン9の第1段が降り立つ船 (C)SpaceX

今回の試験から導入された格子状の安定翼 (C)SpaceX

余談だが、ロケットが船の上に降り立つことを「着地」と呼ぶのは、少し不適切かもしれない。かといって「着陸」ではないし、「着艦」もイメージからすると少し違う。「着船」、「着台」といった表現も考えられるが、一般的ではない。したがって、他に適切な表現が定着するまでは、「着地」という言葉を使うこととする。「地」は地球の地とでも考えていただければ幸いだ。

Close, but no cigar.

米東部標準時2015年1月10日4時47分(日本時間2015年1月10日18時47分)、フロリダ州にあるケイプ・カナヴェラル空軍ステーションのSLC-40から、ドラゴン補給船運用5号機を搭載したファルコン9が離昇した。ロケットは順調に飛行し、約9分後に予定通りの軌道へドラゴンを投入した。

一方、第1段機体は役目を終えた後、ロケットエンジンに再点火し、高度約80kmから大西洋上に浮かぶプラットフォームを目指して下降した。そして第1段機体はプラットフォームにはたどり着いたものの、しかしハード・ランディング、つまり激突という形での着地となり、残念ながら試験は失敗に終わった。

その飛行の詳細については現段階では明らかにされていないが、マスク氏はTwitterで「Close, but no cigar.(もう一歩だった)」とつぶやいたことからも、非常に惜しいものであったことが伺える。また激突によって、船自体は無事なものの、甲板上の設備のいくつかに被害が出たことも明かされた。

その後マスク氏は、安定翼を動かすための作動液が下降の途中で切れてしまったと説明した。また次回の試験では今回より50%多く作動液を搭載するとのことだ。

1月11日になり、米国の各メディアは、帰港したプラットフォームの様子を写真で報じた。マスク氏の発言通り、船自体には大きな損傷はなかったが、甲板上の設備やコンテナに焼け焦げたような跡が残っていた。

そして1月16日には、着地の様子を収めた動画が公開された。その動画には、船の真上までロケットがしっかり降りてくるも、制御し切れなかったのか横方向に移動を始め、そのまま甲板に接触し、ロケットが破壊され、あさっての方向に飛び去ってしまう様子が克明に映っていた。動画の説明には「Close, but no cigar. This time.(もう一歩だった。今回は。)」と書かれてあり、「今回は」というところに、次回以降に向けた自信が現れている。

もともとマスク氏は、今回の試験の成功率は「五分五分」だと公言していた。が、同時に「2015年中に成功を収め、なおかつ回収した第1段を別の打ち上げで再使用できる可能性は80%から90%ほどと見積もっている」とも発言していた。今回の試験で着地成功まであと一歩だったということは、その発言が現実のものになる可能性が大いに高まったと言えよう。

次回の挑戦は、現時点で2月8日以降に予定されている地球・太陽観測衛星「DSCOVR」の打ち上げになるという。

SpaceXのTwitter上にて「Close, but no cigar. This time.」とつぶやかれた動画 (C)SpaceX

完全再使用への道

船で回収する試験が成功すれば、次は発射地点に、つまり陸上へ降ろす試験が始まることになるだろう。ただ、それには米政府からの許可が必要となる。海上であれば多少狙いを外しても大きな事故にはなりにくいが、陸上ではそうはいかないからだ。ファルコン9-Rの第1段が、確実に狙ったところに降りられる能力を持っていることを、今後試験を繰り返して証明しなければならない。

また、万が一の場合には、周囲の建物や施設などに被害を与えないよう、ロケットが自分で自分を適切に処理できる能力を持っていることも証明しなければならない。

もう1つの課題は第2段の回収だ。第1段は高度80kmほどの高さから、かつ水平方向への速度もあまり出ていない段階からの回収となるが、第2段は軌道速度を出している状態から、高度数百kmの高さから降りてくることになる。つまりスペースシャトルのオービターや、ドラゴン補給船とほとんど同じ条件だ。したがって狙ったところに着陸させるのは第1段よりも難しくなる。また機体には大気圏再突入時の熱から機体を保護するための耐熱システムを持つ必要があり、機体はどうしても重くなってしまう。

そうしたハードルを乗り越えるだけの価値があるかどうかは疑問だ。もっとも、彼らはすでにドラゴン補給船を7機も打ち上げており、有人版のドラゴンV2宇宙船の開発も進んでいることから、こうした技術には長けている。彼らの中では何らかの打算があるのかもしれない。

打ち上げ後、地球に帰還するファルコン9-Rの第2段の想像図 (C)SpaceX

新たなる希望

連載の第1回でも触れたが、もしスペースX社がファルコン9-Rの実用化に成功し、その目論見通り、今の100分の1のコストで人工衛星やロケットが打ち上げられるようになれば、市場では価格競争による淘汰が始まり、他社はみな、対抗できるロケットを造る必要に迫られ、できなれば葬り去られることになるだろう。

すでに業界では、「スプートニク・ショック」ならぬ、「ファルコン9ショック」とでも言うべき動きが始まっている。例えば商業ロケットの緒であるフランスのアリアンスペース社は、かつてはスペースX社など歯牙にも掛けないそぶりを見せていた。しかし、現在運用されている「アリアン5」ロケットの次世代機「アリアン6」ロケットの検討の中で、主に産業界からファルコン9に勝てるロケットを、との声が高くなり、ロケットの目指す性能や機体の構成が、何度も大きく変わることになった。また、かつては「再使用ロケットは眼中にない」という発言もなされてもいたが、つい最近になって、機体やエンジンの再使用化に向けた検討を進めることになったとも報じられている。

もちろん日本も例外ではない。2014年度から開発が始まっている新型基幹ロケットは、H-IIAロケットの約半額、つまり50億円を目指すとしている。しかし、仮にそれが達成できたとしても、現在のファルコン9とようやく対等になれるだけで、ファルコン9-Rが実用化されれば決して太刀打ちできなくなる。いずれ日本でも、さらなる低コスト化を図るため、ロケット再使用化の検討が始まる可能性は高いだろう。

何より、ファルコン9の価格は現時点でも、これまでの常識からするとすでに十分安価であり、かつ打ち上げ成功数を順調に稼ぎ、信頼性を伸ばしている。アリアン6も新型基幹ロケットも、完成するのは2020年以降であり、そしてその間もファルコン9は駒を前に進めることができる。この約5年のハンデは大きい。例え、ファルコン9-Rが未完成に終わっても、ファルコン9があるかぎり、スペースX社の地位はそうそう揺るがないだろう。

一方、宇宙開発全体に目を向けると、ファルコン9-Rが実用化され、これまでより多くの人工衛星が打ち上げられるようになれば、宇宙利用は大きく進むことになる。また、今まで宇宙利用に関心のなかった企業や業界分野も参入するようになれば、宇宙産業の裾野は大きく広がることになるだろう。また、さすがにファルコン9-Rによって、一般人が気軽に宇宙に行ける時代がすぐ来るというわけではないが、その足がかりにはなるだろう。

そしてイーロン・マスク氏とスペースX社の野望はそれに止まらない。彼らは火星への入植という目標を持っており、ロケットの再使用と低コスト化は、それに向けた手段に過ぎない。

彼らの野望と挑戦が成功する確証はまだないが、もし実現すれば、衛星打ち上げ市場だけではなく、宇宙開発の全体像や、人類の活動圏すらも根本から変えるほどのことになるかもしれない。

かつてSFの世界で盛んに描かれた、垂直に打ち上げられたロケットが垂直に帰ってくるという、現代では懐かしさと憂いさえ感じるその未来像は、再び眩しさを取り戻し、宇宙へ向けてその手を伸ばそうとしている。

スペースX社が構想する有人火星探査の想像図 (C)SpaceX

参考

・http://www.spacex.com/news/2015/01/10/spacex-launches-fifth-official-mission-resupply-international-space-station
・http://www.spacex.com/news/2014/12/16/x-marks-spot-falcon-9-attempts-ocean-platform-landing
・http://spaceflightnow.com/2015/01/11/photos-spacexs-rocket-landing-platform-back-in-port/
・http://www.nasaspaceflight.com/2009/01/musk-ambition-spacex-aim-for-fully-reusable-falcon-9/
・http://aviationweek.com/blog/nasa-cnes-warn-spacex-challenges-flying-reusable-falcon-9-rocket